訪問看護ステーションの立ち上げ体験談|資金・人材・書類作成で知っておきたい現実

看護

立ち上げのきっかけ

訪問看護ステーションやその管理者の経験をして約5年くらい経った頃、タイミングよくそれらの経験を活かしてステーションを立ち上げて欲しいと友人を介して話を受けました。


他の記事にも書きましたが、ステーションごとのカラーは様々です。


「訪問看護のことをたくさん知りたい!」
「もっと働きやすいところも見つけたい!」
「もっと収入をあげたい!」
「満員電車に乗らずに通勤したい!」など

働き方改革という言葉が良く聞かれる頃だった事もあり、そんなことをいつも考えていたタイミングでの話でした。


ただ、その話をいただいた時、資金の面や、これまで経験のない分野に入るには不安要素が満載だったので、本当に受けても良い話なのか、周囲の人たちに相談もしました。


人によって意見はだいぶ分かれ、かつ反対意見も多かったのですが、結局は色々と悩んだ末、一生のうちにもしかしたらこんなは経験できないかもしれないし、看護師として長く勤められる場所にできるかもしれない!と思い、話を受けることにしたのです。


こうして、勢いと不安の入り混じったまま、
ステーション立ち上げが始まりました。

いざ立ち上げ

税理士さんや社労士さん、行政書士さん、司法書士さんなど、今まで直接関わったこともない方々と関わる場面が次から次へと出てきました。どの資格のどなたが、どんな仕事をしているのかもよく分からないままスタートを切りました。


訪問看護の仕事は、病院に比べ名刺交換の場がとても多いです。
病院勤めから、初めて訪問看護の分野に飛び込んだ時は、驚きでした。
同時に、幼い頃に抱いていた社会人のイメージだったので、ちゃんと社会人しているなという感じがして嬉しかったのを覚えています。


元々旅行が好きで、知らない場所や知らない人に会うことがとても楽しかったのですが、
会社の関係者となるとそんなことは言っていられない感覚になりました。


なぜなら、ステーションは一人ではできないからです。
看護師2.5人(常勤換算で2.5人)は、最低限のステーション立ち上げ条件になります。
(常勤換算については、厚労省の常勤換算シートを活用できます)


私の場合は、ステーションを立ち上げるために会社を作るという流れでした。
一人での起業や個人事業主とは違い、仲間がいる分“自分だけの判断では進められない”。その分、さまざまなバランスを取ることが必要でした。


このポイント(人間関係)が、後になって思う最大級に難しいところでもありました。

資金繰りや人材、そして経営上の葛藤

この話を受けたのは、私の給与の約1年分と資金2000万円を準備しているとの条件があったことも前向きに話を受けた理由の1つでした。


しかし、実際いざ蓋を開けてみたら、その条件は変わってしまっていたのです。


資金は税金対策もあり、950万と半額以下になり、それ以上の必要な資金は、自分たちで融資を受けなければならないという形になってしまったのです。


話を完全に受ける前に、しっかり書面におこして条件を再確認したいと他のメンバーとも願い出たのですが、結局かなわず、口約束のみで話が進んでいきました。


きっとこの時点で、賢い方なら辞退されるような話だったと思います。
考えが甘かった私は、一度決めたことだし、知り合いなんだから大丈夫!と、なぜかそのまま起業への道を進めてしまったんですよね。


資金を出してくださったことは非常にありがたかったのですが、株式会社だったこともあり、その株の所有はオーナー。つまり、形式上は代表取締役でも、実質的な決定権は限られる立場です。


そして更に、管理者も教育も、書類作成も殆どの実務を私が担当しなければなりませんでした。他のメンバーも協力はしてくれましたが、どちらかというと「指示待ち」の姿勢で、調べたり動いたりするのはほとんど自分。


「指示してくれないと分かんない」なんて堂々と言われてしまうことも。その頃の私は、1人でほぼ毎日残業をし、休日や夜間も勉強を重ねながら、体力も時間も使い果たすような日々でした。


そんな時間を過ごしていくうちに、私が代表取締役をこのまま続けるのはすごく危険なのかもしれない。と、鈍感な私はやっと思うようになり、家族にも度々相談。そして、私は代表取締役を降りたいと申し出ることにしました。


ここで家族に相談できたことは良かったと今でも強く思います。いわゆる普通のサラリーマンが親兄弟にもおらず、会社経営経験者が近くに居てくれたので、とても参考になり、何より心強かったです。


資金は約束の半分以下になってしまったし、私も起業や立ち上げは初めてのことだったので、一緒にリサーチしたり、提案してくれる仲間が必要でしたが、現実はなかなか難しいものでした。そして私は、この予想外の展開を楽しめるほどの人間の器を持ち合わせてもいませんでした。


立ち上げるにあたって、私がお勧めする形は、できれば仕事をしながら準備を進めていく方法です。休日などを使って、少しずつ準備を重ねていくことで、資金の面でも不安少なく準備することができると思います。


資金繰りに関しては、自治体の企業に関する助成金やサポートなども受けられます。
いきなり銀行へ事業計画書を持っていって、融資をお願いするのは、少しハードルが高いですよね。自分のこれまでの収入や預金額によって融資が受けられる額は変わってきます。自分の稼げる能力と返せる能力をそこで判断されるという感じです。


大きな銀行に行くよりも、金融公庫や例えば自分で預金している信用金庫に相談をする方が、少しハードルは低いかもしれません。事実、1年以内に撤退するステーションも少なくなく、人材や資金の確保の難しさが背景にあります。


ステーション立ち上げのテキストも何冊か購入して勉強しました。規模や事業所の方針、地域にもよりますが、書いてあった立ち上げ資金はあくまでも目安でした。現実的には、それよりずっとずっと資金は必要でした。



人材については、無料の人材募集やホームページに募集要項を載せることもできるので、最初からお金のかかる人材紹介に登録する必要はありません。しかし、全看護師のうちの訪問看護師は、たった5%程度とも言われているので、パートタイムで働きたいという方を雇うことも視野に入れておくと良いと思います。

書類作り

ステーションを立ち上げるにあたって、私の場合はまず会社を作る=法人設立=起業をする必要があったため、資金や人材は最大の準備ポイントでした。しかし、立ち上げには、大切な工程がもう一つあります。それが申請書類作成です。


起業(法人設立)→事業計画書作成→資金繰り→ステーション申請という流れなのですが、準備期間は金銭面の余裕を持って、準備を計画的に進めることが大切です。なぜなら、申請をしてもすぐステーションは稼働させることはできません。申請が受理され、正式にオープンできるまでには数ヶ月が必要になるので、会社を作るタイミングも、逆算すると更に前もって準備することが必要になってきます。
全国訪問看護事業協会の ➡「訪問看護ステーションを開設したい方」
東京都福祉局 ➡訪問看護ステーション申請書類一覧


過去に起業経験などある方は、ここまでの過程はさほど難しくないと思うのですが、私にとっては正直ハードルが高かったです。


法人を設立するためには、法務局に諸々の書類提出が必要になりますが、これは司法書士さんにもお願いできる分野なので、その分多少のお金はかかりますが、プロにお願いできるところはお願いしつつ、事業計画書や就業規則など細かな会社の目的やルールを作ることに注力できる環境をつくるのもお勧めします。


こんなことも就業規則に入れとくの?って思った内容もありましたが、長い目で見ると、最悪の状況も想定して、トラブル回避のためにも作っていくことが大切です。この辺りについては社労士さんに相談しながら作成していきます。


そして、ステーションの事業所そのものに関しては、普段、何気なく見ていた訪問看護の契約書・重要事項説明書などのあの細かい書類作成や、事業所内の設備写真や図面作成、各保険に関する申請書作成などの沢山の資料を作っていきます。


これについては、最近は介護ソフト会社が立ち上げに関する書類作成など行ってくれるサービスも出てきました。予め導入したい介護ソフトを決めておけば、その介護ソフト会社の立ち上げに関するサービスを利用することで、時間を有効に使えるかと思います。


私は、このサービス自体がまだ浸透していなかった事もあり、こういったサービスは使わず、1から書類を作りました。なので、起業してからは、パソコンとにらめっこです。
看護師の仕事とは全く違う世界だったので、新鮮でした。
(「新鮮」と打ちたくても予測変換で「振戦」と出るのは看護師あるあるかも(笑))


最低限載せなくてはならない必須事項は何か、具体的な文言はどんなものが良いのか等。いくつも他のステーションの記載事項を調べて、参考にさせていただき、自分たちの会社に合いそうな内容をピックアップして掛け合わせたり。
そうやって一つずつ内容を考えながら作成する必要もあったので、その新鮮さに毎日頭から湯気が出そうでした。いえ、湯気が出ていたと思います。


毎日コツコツその書類作成を頑張り、やっと全部そろっても、内容や料金が1円でも間違っていれば申請の修正が必要になるため、何度も何度も確認をします。
今は、AIがあるので、それを活用できればすごく楽に作れそうですね。


書類提出先は、地方厚生局になります。東京都の場合、関東信越厚生局に提出しますが、提出時に申請書類の確認を前もって予約すれば、確認してもらえるサポートがあったので、とても助かりました。


無事、受理された時はホッとしましたし、達成感がありました。

起業できる器が自分にあるのか

立ち上げを考えはじめた頃、正直何度も立ち止まりました。期待よりも、不安のほうが大きかったように思います。
看護師としての経験があっても、立ち上げとなると、まるで別の世界。経営や人間関係など、現場とは違う難しさがたくさんあります。

立ち上げ前に確認しておきたいチェックポイント

① 一緒に働く人をどう選ぶか
どんなに理想があっても、一緒に動く人との関係がうまくいかないと続けていくのは難しいと感じました。性格や価値観だけでなく、「困ったときに助け合えるか」「責任を分け合えるか」という部分がとても大きかったように思います。

② 資金の見通しをどのくらい持つか
開業後すぐに黒字になることは少なく、半年〜1年は赤字覚悟が必要です。実際、私たちも追加で資金繰りが必要になりましたし、周りのステーションも同じような状況だとよく耳にしていました。資金の流れをシミュレーションしておくことは、本当に大事です。

③ 自分の目的をどこに置くか
「なぜ立ち上げたいのか」をはっきりさせておくと、迷ったときに立ち戻る場所になります。私の場合は、「働く人が無理なく続けられる訪問看護をつくりたい」という思いが原点でした。目的が明確だと、判断や人との関わり方にも迷いやブレが少なくなると思います。


これまで書いてきたように、資金や人材、書類作成などがポイントではありますが、個人的見解としては、どういうステーションをどういう人と作りたいかという原点はとても大切だと思っています。


やはり人材も運営も、そんなに簡単にはいかず、想定外のことが起こります。


あえて「想定外」と書きましたが、色々な出来事を「想定内」と思えるような知識や覚悟、計画性や信念などが自分に備わっていないと、起業や運営は、とても苦しいものにもなってしまいます。


体力や性格、考え方の癖などが時には自分を苦しくするので、ステーションを立ち上げるために1番必要だったのは、看護師のスキルや知識ではないのだなとも思いました。もちろんその部分が欠けていては、ケアを安全にできないし、利用者さんや家族を不安にもさせてしまうので、看護師の医療処置に関する最低限の技術は必要です。


ですが、運営側や管理者として働いていきたいと考えている方は、目的や目標を明確にもって、アンテナが多く備わっていて、瞬発力があり、公平な判断ができる方が向いているのではないかと思います。


経営力や求められるリーダー像は、一概にそれとは言い切れるものではないかもしれませんが、いち体験談として聞いていただければと思います。

病院とのギャップ

病院では、マスクや手袋が1枚いくらか、コピー1枚いくらかなんて、殆ど考えずに働いていましたが、実際に会社を作って、必要な経費を見るようになると、いかに守られた・整った環境で働けていたかがよくわかります。


病院では医療事務さんが行ってくれていた、レセプトと呼ばれる保険点数の算出も自分で確認するようになります。要するに、自分の行ったサービスが数字化されて、その請求書・領収書も目の前の利用者さんにお渡しする。


目の前で利用者さんの反応を見る場面にも直面するので、これまでの病院勤務とは全く違う感覚になります。すごく表現が難しいのですが、「訪問看護ってサービス業だ」と思うことが増えましたが、一方で、保険制度の中で経営するというのは限界もありました。保険制度は国が定めるため、サービスなのに自分たちで金額設定ができない難しさ=経営の難しさも感じました。

利用者さんにとって、私たち看護師一人ひとりの細かいスキルは正直見えにくいものなので、ステーションの特徴を表現するのも難しくなります。そして、何を売りにしたステーションになるかどうかは、時間や身を削る方法を選ばなければならないことも生じてくるのも現実です。


「24時間いつでも即対応します!」と謳うのか、
「土日も訪問いたします!」と謳うのか。
それとも多職種との連携や頻回なケアマネージャーなどへの挨拶周りを謳うのか。


そしてその部分は、看護師のスキルや経験をどのように多職種に知ってもらうかが肝になってきます。日々の関わりで、利用者さんやその家族を通して口コミが広がるケースもありますが、やはり訪問看護の主な依頼元となるケアマネージャーさん等に自分たちの強みを伝えていくことが必要になってきます。


ですが、あまり堅苦しく考えなくても大丈夫です。自分のアピールできる部分を写真付きの自己紹介チラシを作ることから始めてみてください。立ち上げ当初は、まずは知ってもらうことが大切なので、自社のアピールとスタッフのアピールを分かりやすくチラシにまとめてみてください。


案外、ケアマネージャーさん向けだけではなく、会社や自分のことを改めて知る良いキッカケにもなり、それが自信にもつながります。自分たちで形にしたものを見ると、嬉しいし、少しやる気も出ますよね。


個人的思っているのは、表情や清潔感があって、ちゃんと自分自身や会社のことを分かっている人は信頼できるように感じます。できることと、できないことがしっかり掲示できることも、とても大切ですよね。自分たちの強みが分かっていることも。


さらにやわらかい笑顔があると、ゴリゴリの営業をしなくても、どういう看護師か知ってもらうことで、仕事の依頼に繋がります。


今は、ステーションも乱立しているので、すぐ隣のブロックにステーションがあるという地域もあります。横のつながりも大切なので、意外かもしれませんが、挨拶に定期的に伺うことで、地域の情報を得ることもできますし、間接的に案件をいただけるケースもあります。(条件によっては2~3か所のステーションで1人の利用者さんに訪問できる)

訪問看護の営業とは

現状では、ケアマネさんからの仕事依頼が主になるので、いわゆる営業が必要になります。そんなの吐くほど嫌っ!て人には難しい訪問看護の世界ではありますが、営業のイメージは良い意味で少し違うかもしれません。


営業=コミュニケーションと考えると、とてもシンプルに捉えられると思います。


前述したように、チラシを作って定期的にケアマネージャーさんに会いに行くのですが、直接的に「うちはこれが強みなので、ぜひとも新規ください」とか、スーツ着て挨拶するなどは全く必要ありませんし、むしろ逆効果とも言われています。これは古い悪い営業イメージですよね。けれど転職したばかりの頃の私は、真剣に勘違いして営業はハードルが高いものだと思っていました。


ステーションを立ち上げたばかりの際は、まずは自分達を知ってもらう必要があります。
立ち上げにあたって、色々準備が必要なのですが、実はステーション開業前のタイミングで営業に行けたり、ホームページも早めに作っておくと、より計画的に収益に反映されると思います。


営業スタイルのお勧めは、看護師のユニフォームと名札を胸元に。名刺とチラシを持って、“ご挨拶に伺いました”と一言伝えるだけでも、アポなしで話を聞いてくださることが多いです。多少地域性はあるようですが、優しい方が多いです。
病院のSWさんなど、アポを取った方がいい場合もあるので、事業所内で営業計画を立てて、2人程度で伺うといいかもしれません。最初は緊張しますしね。


保険の関係上、数か月は収入が発生しない仕組みですし、一気にたくさんの仕事の依頼はまず来ないと思うので(系列紹介や人脈で特例はあるかもしれません)、できるだけ初動は早い方が資金の面で安心です。


ステーション運営の上で主にかかるコストは、人件費です。ステーションには看護師の常勤換算2.5人が最低限必要になるため、その分を計算しつつ。焦りがあまり顔に出すぎないように営業に回れるといいですよね。


訪問看護の世界に来てから、地域との関わりの大切さを感じるようになったのも、多職種との連携がとても大切だからです。営業は、ご挨拶と直接報告する機会と捉えて回れるようになると少しプレッシャーも下げられると思います。

おわりに

たくさん現実的に大変なことを書いてきましたが、人生において、とても貴重な体験になりました。訪問看護ステーションの課題や、訪問看護の現実や楽しさについても、これから少しずつ紹介できればと思っています。