はじめに
不思議なことに、泣いたあとは少し気持ちが変わりますよね。我慢しすぎると、「あれ?なぜか今になって涙がこぼれる」と時間差で泣くこともあります。
やはり、思い入れのある患者さん・利用者さん、そしてそのご家族は出会いますし、誰もが予想しない展開になると、感情は動きます。悲しみだけではなく、人の温かさを感じた時、大笑いした時、悔しい時。どんな形でも泣けることで感情は少し変化します。
看護の場面だけでなく、日常でも色々な感情の時に出る涙があります。今回は、心理学や脳科学の視点から、“泣くこと”がもたらすさまざまな効果をまとめていこうと思います。
泣くことで得られる効果 — 科学と心理の視点から
1. ストレスホルモンの低下とデトックス効果
泣いたあとに「気持ちが軽くなった」と感じる背景には、コルチゾール(ストレスホルモン)などの生理的ストレス反応が低下する という身体の変化が関係していると言われています。
情動が高ぶったときに分泌される成分が涙に含まれるという報告もあり、涙を流す行為が 情動の緊張を外へ逃がす“情動デトックス”の役割 を果たすと仮説づけられています。
そのため、涙によって心身の負荷が軽減し、「重さが抜けていく」ような解放感を得られることがあります。
2. 自律神経の切り替え → リラックス & 心身の安定
強い感情が湧いたとき、私たちの身体は 交感神経(「アクセル」モード・闘争・逃走反応) が優位になります。
ところが、涙を流す過程で呼吸が深くなり、身体の緊張が緩むことで、副交感神経(「ブレーキ」・休息・回復モード)が優位に切り替わりやすくなります。
その結果、
- 心拍や血圧が低下し、全身の血流が穏やかになる。
- 呼吸のリズムが回復する。
- 筋緊張が低下し、回復・修復モードに入る。
- 消化管の働きが活発になる。
- 瞳孔が収縮する。
などが起こります。
この変化が、泣いた後の 深いリラックス感や眠りやすさ につながることがあります。
3. 感情の解放(カタルシス) — 心を“浄化”する時間
涙による感情の解放は、心理学では 「カタルシス(感情浄化)」 と呼ばれます。
悲しみ、怒り、悔しさ、切なさ、感動―――
言葉だけでは整理しきれない感情が胸にたまってしまうこともあります。
「泣くこと」で、身体反応を通して感情が表出されると、心の中に蓄積し、ひっかかっていた“モヤモヤ”がほどけて、情動の負荷が軽くなる とされています。
感情が整理・掃除されたように、こころが浄化されていく時間になります。
少し、気持ちのスペースが広がる感覚が生まれることもあります。
4. 脳と心の“リセット” — 新しい視点と気づき
たくさん、そして思いっきり泣いたあとは、ふと“自分を客観的に見つめ直せる瞬間”が訪れることがありますよ。
涙を流したことで、感情のピークが一度落ち着きます。そうすると、脳内で前頭前皮質(思考や判断を司る領域)が働きやすくなる といわれています。
その結果、
- 感情に埋もれて見えなかった本音に気づく
- 自分の苦しさの正体を整理できる
- 問題への新しい視点が生まれる
この変化で、 “認知のリセット効果” が起こります。
そして、悲しみや痛みの中にある思いや記憶、それらをきちんと受け止めることで、心が整理されて視界がすっとクリアになることがあります。
5. 人とのつながり・共感のきっかけ — 孤独を軽くする涙
泣くことは、単なる生理反応ではなく、人と人をつなぐ“非言語的なサイン” でもあります。
弱さや本音が涙として表れるとき、
それを受け止めてくれる相手との間には、
- 安心
- 共感
- 心理的な距離の縮まり
- 「ひとりじゃない」という感覚
が生まれやすくなります。
心理学ではこれを “社会的絆の強化(social bonding)” と呼び、孤独感をやわらげて、心の安定をもたらす重要な作用とされています。自分の本音をやさしく、静かに示すサインでもあります。そんなサインを、信頼できる誰かが受け止めてくれることで、「ひとりじゃない」「誰かに見守られている」と感じられることがあります。
もらい泣きの原理 — 心理と脳科学で読み解く

時には一緒に泣いてくれることもありますよね。それは、心がほっと安らぎ、人とのつながりや安心感を取り戻す大切なきっかけになります。
それに、自分自身ももらい泣きをすることもあります。ほんの一瞬だけでも泣いている人を見ただけで、なぜか泣けてくることってありませんか。
A. ミラーニューロンによる“感情の同調”
この現象の背景には、脳にある ミラーニューロン(mirror neurons) の働きが関係していると考えられています。
ミラーニューロンは、他者の行動を見た時に、自分も同じ行動をしているようかのように脳内で反応する神経細胞です。他者の気持ちを理解したり(共感)、行動を模倣して学んだりする能力が生まれると考えられています。他者の行為の意味を理解する機能です。
例えば、
- 相手の表情や感情
- 身体反応(涙・震え・声の揺れ)
- しぐさ
そのため、他者の泣く姿を見ると、自分の脳でも同じように 悲しみ・共感に関わる回路が同時に活性化 して、身体的な反応として涙が出やすくなります。
B. 感情伝染(emotional contagion) — 感情は「うつる」
心理学では、他者の感情が自分にそのまま広がる現象を「感情伝染(エモーショナル・コンテイジョン)」 と呼び、特に、涙や嗚咽のように“強い情動反応”は伝染しやすいといわれています。
相手の悲しみを理解しようとしたり、痛みや葛藤を推測したり、共感したりします。この感情伝染が高まると、自分自身の中にも 涙につながる情動が引き起こされる ため、もらい泣きが起こります。
C. オキシトシンの分泌 — “絆のホルモン”が働く
泣いている人に寄り添ったり、相手の苦しみに胸が痛むとき、脳内では オキシトシン(絆や共感を強めるホルモン) が分泌されやすくなるといわれています。「愛情ホルモン」とか、「幸せホルモン」と言われるホルモンです。
誰かを大切にしたい思いや助けたい、寄り添いたいという気持ちを促すホルモンで、この働きで感情の共鳴をさらに深めます。その結果、「もらい泣き」として反応が出ます。
D. 安心・安全な関係ほど起こりやすい
けれども、もらい泣きは誰にでも起きるわけでありません。
家族や友人、パートナーなど信頼し、心を許している相手に対して、より反応します。安心できる・安全な相手には、脳は感情を抑制する必要がないと判断して、自分の感情をそのまま外に出せるともいえます。
E. 自分の過去の経験が刺激される
他者が泣いていることで、自分の中の未処理の感情や過去の記憶に触れることもあります。例えば、過去に似たような経験をしていたり、抑えていた感情であったり。言葉には言い表せないことに触れた時も。
相手の涙をきっかけに 自分自身の感情が動き出す ことがあります。これも、もらい泣きの大きなメカニズムのひとつです。
“すべて”の涙が同じわけではない — 注意点と個人差
涙には「目の乾燥を防ぐ涙」「刺激による涙」「感情の涙」があります。
ここで言う“癒しの涙”は、主に感情が動いたときに自然に溢れる「情動の涙」。
人によって感じ方はさまざまなので、泣いたあと軽くなる人もいれば、「涙を流してもあまり変わらない」「かえって疲れた」と感じる人もいるかもしれません。心の状態・環境・体調・性格など、さまざまな要因が影響すると思います。
そして、泣くことがすべての答えではないと思います。涙を流せば必ず気持ちが整理される、というわけではありません。信頼できる誰かに話す・書き出す・休む・眠る――
そんな“ほかのケア”が必要になることもあると思います。
“涙”を受けとめる— 自分の中にあるもの
涙が出た時、もらい泣きした時。「自分」と「他者の感情に共鳴した自分」が存在します。そこには、自分でも気が付いていないの心の奥や抑えていた感情があるかもしれません。
それを感じ取ったり、考えることは、パワーが要ることかもしれません。けれど自分の心の奥の声を聴くチャンスでもあると思います。自分の思考や感情の傾向を知っておくことは、小さなことにとらわれない方法の1つだと思っています。
おわりに
| 泣くことの原理と得られる効果 | |
| 1 | ストレスホルモンの低下とデトックス効果 |
| 2 | ストレスホルモンの低下とデトックス効果 |
| 3 | 感情の解放(カタルシス) — 心を“浄化”する時間 |
| 4 | 脳と心の“リセット” — 新しい視点と気づき |
| 5 | 人とのつながり・共感のきっかけ — 孤独を軽くする涙 |
| もらい泣きの原理や効果 | |
| A | ミラーニューロンによる“感情の同調” |
| B | 感情伝染(emotional contagion) — 感情は「うつる」 |
| C | オキシトシンの分泌 — “絆のホルモン”が働く |
| D | 安心・安全な関係ほど起こりやすい |
| E | 自分の過去の経験が刺激される |
日頃から、知らず知らずのうちに「泣ける映画」を選んで観たり、食事の時にテレビに映った誰かが泣いている姿にいつの間にかつられて泣いていたり。泣くことで、より自分と向き合うこともでき、一方で俯瞰してみる視点に変えられ、自分自身や誰かをケアする大事な行動を自然ととっているのだと思います。
泣くことで得られる効果はこれだけたくさんあるのです。時には自分の感情のままに涙を流すことは、恥ずかしいとか弱いとかことではないことが良く分かったので、これからも、大切にしていきたい行為の1つです。


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