はじめに
訪問看護の現場では、
原則として一人で利用者宅を訪問する体制が基本です。
けれど、すべてのケースにおいて
「一人訪問」が最適とは限りません。
特に、
- クレームが頻発するケース
- 精神的な不安定さが強いケース
- 暴言・威圧的態度・ハラスメントがみられるケース
- 医療的リスクが高いケース
こうした状況では、
複数名での訪問が、安全面・心理面の両方において重要になる場面が多くあります。
それでも現実には、
複数名訪問は簡単には選択できない仕組みになっています。
今回は、
複数名訪問の必要性と、そこに立ちはだかる制度と現場の葛藤について、
訪問看護の現場目線から考えてみたいと思います。
一人訪問がもたらす見えないプレッシャー
訪問看護では、
利用者さんの生活の場に一人で入るという特性上、
病院勤務とはまったく異なる緊張感があります。

急変対応や医療処置が多い場合、
また困難ケースやクレーム対応が絡むなどの場合、
- 何かあった時、守ってくれる人がそばにいない
- 設備の整わない中で迅速な医療処置をしなければならない
- 判断や初期対応、連絡をすべて自分一人で背負う
- 感情的な言葉や態度を真正面から受け止め続ける
といった、強い心理的負担が生じやすくなります。
特に、困難ケースやクレーム対応は、
「我慢すればいい」
「どうにか対応できるから」
そうやって一人で抱え込む看護師ほど、
知らず知らずのうちに疲弊と消耗を重ねていってしまう。
複数名訪問が必要になる場面
複数名訪問は、
単なる「安心のため」や「新人同行」のためだけではありません。
実際の現場では、次のようなケースで
複数名訪問が有効、あるいは不可欠になることがあります。
- クレームや不満が頻発し、感情的対立が強い
- 暴言・威圧・人格否定的な言動がある
- 精神疾患や認知症による不穏・被害感が強い
- 医療処置の難易度が高く、安全確保が必要
- 新人・若手スタッフの単独対応がリスクになる(※算定対象とはならないが、安全管理上、複数名対応が必要と判断される場合)
このような場合、
複数名で訪問することは、安全対策であり、ケアの質を守るための選択でもあります。
訪問看護の複数名訪問とは?
複数名訪問とは、訪問看護において、
2名以上のスタッフが同時に利用者宅を訪問し、看護ケアを行うことを指します。
利用者さんの重症度や安全確保の必要性から、
1人での対応が困難な場合に行われます。
なお、複数名訪問は看護師に限らず、
理学療法士・作業療法士などのリハビリ職との連携で行われることもあります。
それでも複数名訪問が増やせない理由 ―― 保険制度という壁
複数名訪問には、
介護保険・医療保険上の厳格な算定条件が存在します。
すべてのケースで
複数名分の訪問実績が認められるわけではなく、
- 医師の指示書
- 病状・処置内容
- 身体状況
- 時間・頻度
など、細かな条件を満たさなければ
実績として算定できません。
以下は、訪問看護における複数名訪問の算定要件です(2026年2月時点)。

医療保険――複数名訪問看護加算
算定要件
次のいずれかに該当する場合に算定できます。
- 重篤な状態や複雑な医療処置があり、1人での対応が困難
- 精神症状や興奮、暴力行為等により安全確保が必要
- 医師が複数名訪問の必要性を認め、指示書に記載している
点数
450円/回(通常の訪問看護療養費に加算)
介護保険――複数名訪問加算
算定要件
次のいずれかに該当する場合に算定可能です。
- 心身の状態により1人での対応が困難
- 精神症状等により安全配慮が必要
- 家族等の介護力不足により2名対応が適切
単位数
| 訪問時間 | 単位 |
|---|---|
| 30分未満 | 254単位 |
| 30分以上 | 402単位 |
※通常の訪問看護費に上乗せされる点数です。
精神科訪問看護(医療保険)
算定要件
- 精神疾患があり、
- 興奮・自傷他害リスク等で安全確保が困難
- 医師の明確な指示がある
点数
450円/回
| 区分 | 算定要件 | 点数・単位 |
|---|---|---|
| 医療保険 | ・重篤 ・複雑な医療処置 ・精神症状等で安全確保必要 ・医師の指示あり | 450円/回 |
| 介護保険 | ・1人対応困難 ・安全配慮必要 ・家族介護力不足 | 254単位(30分未満)402単位(30分以上) |
| 精神科訪問看護 | ・興奮、自傷他害リスクあり ・医師の指示あり | 450円/回 |
結果として、
「安全のために同行した」
「新人教育のために複数名で入った」
「クレーム対応で二人体制にした」
こうした訪問は、
報酬上は存在しない訪問として扱われてしまうケースも少なくありません。
多角的評価をするための同行訪問も、
業務効率化や時間短縮目的も、
引き継ぎやOJT目的の訪問も。
どれも現場にとっては、必要で重要なことです。
けれど、経営上は“お金にならない業務”になる
という矛盾が生じてしまいます。
現場が背負っている「見えない労働」
複数名訪問では、
スタッフが移動する時間も、訪問の時間も倍かかります。
困難ケースであると、2名で訪問しても時間がオーバーしてしまうこともあります。
複雑なケアとその記録や、方々への報告の手間もかかる。
それでも、
算定上は一人分の実績、あるいはゼロということもあります。
それでも現場では、
- 利用者の安全
- 看護師の安全
- チームの安心
を優先し、
あえて収益にならない訪問を選択している場面が少なくありません。
この「見えない献身」は、
訪問看護の現場を支える大きな力でありながら、
制度上、ほとんど評価されていない部分でもあります。

人手不足と教育体制の限界
訪問看護業界では
深刻な人手不足が続いています。
人口減少や超高齢社会の今、
看護師の仕事の形を大きく変えなければ、
改善することはまずあり得ない問題でもあります。
その影響もあって、
- 新卒看護師の受け入れ
- 臨床経験3年未満での訪問開始
そういったステーションも出てきています。
本来であれば、
訪問看護は、
- アセスメント力
- 判断力
- 危機対応力
- コミュニケーション力
病院とは違い、
ある程度絞られた疾患を看るわけではありません。
すべてが求められる
高度な実践分野とも言われています。
それにもかかわらず、
「とにかく回さなければならない」
「現場で覚えてもらうしかない」
という現実の中で、
教育や指導が現場任せになってしまう構造が生まれています。
訪問看護協会や各種団体では、
研修制度や教育ラダーも整備されています。
けれど実際には、
- 人員不足
- 時間不足
- 余裕のなさ
により、
理想と現実のギャップが大きくなっているのが現状です。
複数名訪問は「贅沢」ではなく「安全管理」
複数名訪問は、
決して贅沢でも、甘えでもありません。
それは、
- 看護師の安全管理
- 利用者の安全確保
- クレーム悪化の予防
- チームケアの質担保
のための、重要なリスクマネジメントです。
目の前の実績や収益だけで判断せず、
長期的にお互いを守る視点が大切です。
よくこういった保険制度については、
管理者が把握していれば大丈夫と思われがちですが、
プレイヤーとして働くスタッフ全員が知っておくと良い内容でもあります。
安心で安全な対応ができるヒントになり、
事業所全体で対応策を講じられるために、
少しずつでも保険のしくみは知っておくことも大切です。
複数名訪問が必要か判断する――フローとチェック表
実際にどのように複数名訪問をするのか、
判断基準に迷うこともあると思います。
そこで、
目的からぶれずに
事業所全体で考えられるようなフローを作りました。
STEP① 利用者の状態を評価する
以下の項目に1つでも該当しますか?
- 重篤な全身状態、急変リスクが高い
- 医療処置が複雑(吸引+経管栄養+体位変換など)
- 移乗・体位変換が1人では安全に行えない
- 精神症状・興奮・暴言・暴力・自傷他害リスクがある
➡ YES → STEP②へ
➡ NO → 原則、単独訪問
STEP② 安全確保の必要性を検討する
- スタッフの安全確保が必要か?
- 利用者の転倒・誤嚥・事故リスクが高いか?
➡ YES → STEP③へ
➡ NO → 原則、単独訪問
STEP③ 医師の指示の有無を確認(医療保険)
- 訪問看護指示書に
「複数名訪問が必要」等の記載があるか?
➡ YES → 算定可
➡ NO → 指示書依頼 → 記載後に算定可
※介護保険の場合は医師の指示は必須ではありませんが、
ケアマネ・主治医との情報共有はしておきましょう。
STEP④ 記録に具体的理由を残す
必ず以下を記載:
- 1人では困難な具体的理由
- 安全確保が必要な根拠
- 実施したケア内容
➡ 記録完了 → 算定OK
これからの働き方を考えている方へ
これから訪問看護を目指す方や、
病院からの転職を考えている方にとって、
訪問看護は魅力的に映ることもあると思います。
一方で、
一人訪問という働き方、
判断を委ねられる場面の多さ、
制度の複雑さ、
教育体制のばらつきなど、
実際に働いてみて初めて見えてくる大変さも少なくありません。
事業所によって環境や支援体制は大きく異なります。
転職や就職を考える際には、
「やりがい」だけでなく、
教育体制・相談環境・複数名訪問の考え方なども含めて、
自分が安心して働ける場所かどうか、
その事業所がどのようにスタッフを守ろうとしているか
という視点も、大切にしてほしいと思います。

おわりに
複数名訪問は、
単なる同行ではなく、
現場の尊厳と安全を守るための選択です。
「一人で頑張る看護」から、
「チームで支える看護」へ。
その転換が、
看護師の燃え尽きを防ぎ、
より良い訪問看護のつながっていくと思います。
複数名のフローを見て頂くと分かるように、
緊張感や多くのステップを踏みます。
それだけ慎重に対応する必要がある場合が、
思った以上にある訪問看護です。
現在の制度では、
複数名訪問は利用者さんの自己負担額が増える仕組みになっており、
同意や経済的な事情が大きな壁になることも少なくありません。
・理解や同意が得られない
・料金がかかる
・複数のスタッフが確保できない
といったことで
現場の看護師の力量に任される。
時間がオーバーしてもサービスは急に区切れないため、
結局会社の利益にもならず、スタッフの消耗へつながってしまう。
そんな悪循環は、
なくなって欲しいですよね。
1人で抱えこまないという流れが、
どんどん増えて欲しいと思っています。

記事内にある
「複数名訪問のフローとチェック表」です。
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※ 本記事は、2026年2月時点の診療報酬・介護報酬制度をもとに作成しています。制度改定の際は最新情報をご確認ください。

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