ただの勘ではない「何か違う」――看護の現場で感じ取る力を大切にしたいと思う理由

看護
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はじめに

人のちょっとした表情や言葉の変化に、
心が動いた経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

私自身、そうした誰かの「感じ取る力」によって、これまで何度も救われてきました。

はっきりと言葉にされなくても、
「大丈夫?」と声をかけてもらえたこと。
何も言わず、そっとそばに居てもらえたこと。

食事に誘い出してくれたり、他愛もない話で笑い合ったり。

そして、「感じ取る力」は看護の現場でもとても重要だったように思います。

「感じ取る力」とは何だろう

「感じ取る力」というと、
優しさや共感力のように捉えられることが多いかもしれません。

けれど実際には、表情、声のトーン、使われる言葉、場の空気など、
いくつもの情報を無意識に受け取り、
相手の状態を想像する力なのではないでしょうか。

特別な才能というより、
人と関わる中で少しずつ育まれる感性なのではないかなと思っています。

看護の現場で求められ活かされるもの

看護の仕事、とくに訪問看護の現場では、
この「感じ取る力」が自然と求められる場面が多くありました。

利用者さんのご自宅に入った瞬間の空気。
いつもと少し違う表情や言葉の選び方。
部屋の中の物や位置など。

はっきりと「困っている」と言われなくても、何かが違うと感じることがあります。

その違和感を手がかりに、声のかけ方を変えたり、関わり方を少し調整したりする。何か変化があったとき、処置のために代用できるものも見つけられる。

そうした小さな判断の積み重ねが、日々の看護に働いていると思います。

「感じ取る力」の科学的な根拠

脳科学の分野では、私たちの脳は無意識のうちに、「起きたことを受け取る」よりも先に、「過去の経験をもとに状況を予測している」と考えられています。

たとえば、表情や声のトーン、部屋の雰囲気に対して、脳は意図しなくても「いつもと同じか」「どこか違うか」を照らし合わせています。
その結果として、理由ははっきり言い表せなくても「少し気になる」「何か違和感がある」という感覚が生まれるのかもしれません。

初めて会った人なのにどこか安心するとか、初めて行った場所なのにどこか懐かしいとか、そういう感覚もこれらの働きから得られる感覚です。

そして、感情に素早く反応する扁桃体と、状況を整理し判断する前頭前野が連携することで、私たちは相手の状態を感じ取り、関わり方を自然に調整しています。

また心理学の、言葉以外の情報から相手を理解する、非言語コミュニケーションも「感じ取る力」に関わってきます。非言語的コミュニケーションとは、表情や視線、声のトーン、しぐさ、間や沈黙など、言葉以外から相手の感情や状態を受け取るやりとりのことを指します。

私たちは、会話の内容だけでなく「どんな声で話しているか」「どんな表情をしているか」からも、無意識に多くの情報を受け取っています。たとえば、同じ「大丈夫です」という言葉でも、声の強さや目線、間の取り方によって、受け取る印象は大きく変わります。

誰かと関わる時に大切にしている「言葉そのものだけでなく、その人全体を見る」という感覚は、この非言語的コミュニケーションを自然に使っている結果なのかもしれません。

看護の現場で感じていたことは、決して曖昧な勘ではなく、経験によって磨かれた脳の働きだったのだと、あとから知って腑に落ちることがあります。

プロファイリングに似ている?

最近、刑事ドラマにはまっている私としては、訪問看護で行っていたアセスメントは、ドラマで描かれる「プロファイリング」に少し似ているように思います。

プロファイリングとは、行動や言動、環境などの複数の情報から、
その人の状態や背景を推測し、仮説を立てていく考え方のことを指します。

決して決めつけるものではなく、
得られた情報をもとに「こうかもしれない」と想像しながら、
関わり方を調整していくための手がかりのようなものです。

いくつかの小さな情報をつなぎ合わせて、仮説として持ちながら関わる。

看護の現場だけでなく、プライベートでも他の仕事でもきっとそうだと思います。
人はいつの間にかプロファイリングをして、人間関係を円滑にしたり、誰かのために動けるのだと思います。

「感じる力」は育てられるもの?

以前、職場の人から
「そんなところまで、いつの間に見ていたんですか?」と言われたことがあります。

自分では無意識にしていたことだったので、少し驚き、同時に嬉しくもありました。

感じ取る力は、経験の中で自然と培われ、
いつの間にか看護の一部になっていたのだと、実感できました。

脳には、使われた回路が強化されていく性質があります。

人の表情や言葉の変化に注意を向け、関わりを振り返り、次に活かそうとする経験の積み重ねが、無意識の判断を少しずつ洗練させてくれます。扁桃体が拾う情報が洗練され、前頭前野での「判断」が早く、静かに行われます。)

共感や察する力の背景には、相手の状態を自分の中でなぞるように感じ取る神経の働きもあると言われています。(ミラーニューロン(共感の神経基盤)の働きで、相手の表情や動きを見たときに自分の脳内でも似た活動が起きると言われています。「寄り添う」「そばにいるだけで伝わる」ケアの科学的背景。)

そう考えると、「感じ取る力」は特別な才能ではなく、”人と向き合ってきた時間そのものが育ててきた力”なのだと思えてきます。

日本人らしさと、感じ取る感性

日本には、言葉にしすぎないことで伝わる気持ちや、相手を思って一歩引く感覚があるように思います。

空気を読む、察する、間を大切にする。
そうした感性は、ときに曖昧だと捉えられることもあります。

けれど看護の現場では、確かな力として、重要な感性ともいえるのではないでしょうか。

おわりに

「感じ取れる力」は、誰かを理解しようとする姿勢そのものなのかもしれません。
間違うこともあり、正解があるわけではありません。

それでも、誰かの小さな変化に心を向けて、
その人の全体をまるごと見ようとすること。

これからも、そんな感情や感性を大切にしていきたいと思っています。


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