間(めぐりあい)と、自らに由る(みずからによる)

この記事は約3分で読めます。

部屋の壁に、父の書道を飾っています。

「間(めぐりあい)」
「自らに由る(よる)」

私が自立したばかりの頃に書いてもらった言葉です。

それ以来、
引っ越しをしても、模様替えをしても、
この2枚は、いつも1番よく目に入る場所に飾ってきました。

最近、自分の原点に立ち返るような記事を書いているせいか、
この2つの言葉を、以前よりもゆっくりと眺める時間が増えています。

“Ma (Meguriai)– A Fateful Encounter”
Calligraphy by 筑芳 (Chikuho)

Ma (meguriai) refers to a meeting that feels destined.
It symbolizes the unseen connections between people, time, and place.


看護師として、ようやく仕事が一人前にできるようになった頃。
自分なりに、必死で毎日を積み重ねていた時期でした。

その節目に、父がくれたのが、
間(めぐりあい)」と「自らに由る」。
特に細かな説明はなく、私に合う言葉だと贈ってくれたものです。

人生には、必ず巡り合わせや縁があります。
けれど、そこからどう生きるかは、
いつでも自分次第。

そんなふうに、
言葉では語らずとも、静かに背中を押してもらったような気がしています。


私は幼い頃から、よく「自由だね」と言われてきました。
家族にも、友人にも。

正直なところ、
自分ではその意味が、あまり理解できないままでいました。

集団で同じことをするより、
少し距離を保ちながら関わる方が楽だったり。

私は中間子なこともあり、
いわゆる父親っ子でも母親っ子でもありませんでした。
誰かに強く依存したり、執着したりすることも、あまりなかったように思います。

人と違うことをすることに魅力を感じやすく、一般的に、こちらを選択するだろうという道とは、違う方を選ぶことが多かったと思います。

それが、周りから見たら「自由」に見えたのかもしれません。


「自由」というと、
マイペースでわがままな言葉のようにも捉えられます。

けれど不思議と、
「自由」という言葉は、なぜかマイナスに感じなかったのです。

自信のない自分にとって、
それは数少ない“褒め言葉”のように感じられたからかもしれません。

最近になって、
ようやく少しだけ、その意味が分かる気がしています。

「自由」とは、
好き勝手に生きることでも、
縛られないことでもない。

自分の違和感を、無視しないこと。
自分の心と体の声に素直になること。

たとえ迷っていても、
たとえ自信がなくても、
責任をもって、
「自分の人生を自分の足で歩く」こと。

“Mizukara ni Yoru – Living by Your Own Will”
Calligraphy by 筑芳 (Chikuho)

It means to live by your own will.
It symbolizes choosing your path and walking through life on your own feet.


病院を辞めたこと。
起業したこと。
今、無職でいること。

どれも、
決して軽い決断ではありませんでした。

迷い、立ち止まり、
何度も考えた末に、
それでも「今は、こちら」と選んできました。

その1つ1つの選択が、
「自らに由る」という言葉に、
少しずつ近づいてきたようにも思います。


今日も、部屋の壁に掛けられた2枚の書を見上げます。

間(めぐりあい)
・ 偶然のようで必然の出会い
・ 巡り合わせや縁
・ 人・場所・出来事・時

自らに由る
・どう生きるかは自分次第
・ 誰かのせいにしない
・ 自分の足で立つ

「めぐりあい」の中で生きながら、
「自らに由り」自分の足で、選び続けていく。

そんな生き方を、
これからも大切にしていきたいと思います。


コメント