自己肯定感がしっくりこなかった私が、自己効力感に救われた理由

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はじめに

「もっと自分を好きにならなきゃ」
「ありのままの自分を受け入れなきゃ」

そんな言葉を、
これまで何度も聞いてきました。

自己肯定感”という言葉は、
いつの間にか、とても身近な言葉になったと思います。

けれど私は、
”自己肯定感というものが、
どうもしっくり来ません。

それよりも、
自己効力感”というものの方が、
どこか自分に合っているように感じていました。

自己肯定感と聞くと、
なんともいえない不自然さを感じる。
一方で、自己効力感については、高めたいと思う感覚が湧いてきます。

そんな2つの感覚について、
今回は掘り下げていこうと思います。


実は私は、
自己肯定感という言葉を、
「前向きな自分を好きになること」だと、
どこかで勘違いしていたのかもしれません。

そして、
自己肯定感が低いと感じるときは、
たいてい、心も体もとても弱っているときでした。

そんなときに、
「自分を好きにならなきゃ」
「ありのままの自分を受け入れなきゃ」
と言われても、
どうしても苦しくなってしまう。

けれど、
「今できることを、ひとつやってみる」
という小さな行動の積み重ねは、
少しずつ前に進ませてくれました。

その感覚こそが、
私にとっての「自己効力感」だったのだと思います。


言葉で肯定するより、体験で信じてきた

私は昔から、
「そのままの自分でいい」と言われるよりも、
「できた」「乗り越えた」「やり遂げた」
そんな実感の方が、心に残ってきたように思います。

だから、自信をもつということに近い意味をもつ
”自己肯定感”に違和感を覚えてしまうのかもしれません。


自己肯定感とは

自分の存在そのものを価値あるものとして受け入れられている感覚。
これは、能力の高さや成果、他者からの評価によって左右されるものではなく、「うまくいっている時の自分」だけでなく、「失敗した自分」「弱っている自分」「思い通りにいかない自分」などありのままの自分を否定せずに受け止められている状態です。

心理学の分野では、
自己肯定感は「自尊感情」や「自己受容」と深く関連しています。

自尊感情は、自分に対する価値判断や尊重の感覚。
自己受容は、自分の長所だけでなく短所や欠点も含めて認める姿勢を指します。

自己肯定感は、
これらが土台となって作られる、
より包括的な心の状態と考えられています。

自己肯定感が安定している人は、
他人と比較して一喜一憂しにくく、
失敗や批判に直面しても過度に自分を責めすぎない。

反対に、自己肯定感が低下していると、
他者の評価に過度に振り回されたり、
些細な出来事で自分を否定してしまいやすくなり、
慢性的な不安や生きづらさにつながることもあります。

生まれつき決まるものではなく、
幼少期の生育環境、人間関係、
成功体験や周囲からの言葉がけなどの
人生のさまざまな経験の積み重ねによって形成されていきます。

そのため、大人になってからでも、
考え方や自己との向き合い方を変えていくことで、
少しずつ育て直すことができると言われています。


自己効力感とは

「自分には課題や困難を乗り越える力がある」
「必要な行動を起こし、結果を生み出せる」という感覚を指します。

これは、実際の能力そのものよりも、
「自分はできると思えているか」という主観的な信念に近いものです。

この概念は、心理学者のアルバート・バンデューラによって提唱され、セルフ・エフィカシー(self-efficacy) とも呼ばれます。

自己効力感が高い人は、新しい課題や困難に直面したときも、「うまくいくかは分からないけれど、やってみよう」と行動を起こしやすく、失敗しても試行錯誤を続ける傾向があります。

反対に、自己効力感が低いと、
「どうせ無理」「やっても意味がない」と感じやすくなり、
挑戦そのものを避けてしまったり、
早い段階であきらめてしまうことが増えてしまいます。

その結果、成功体験を積む機会が減ったり、
さらに自信を失うという悪循環に陥ることもあります。

自己効力感は、
主に次の4つの経験から育まれるとされています。

成功体験小さな成功の積み重ねが、「自分にもできる」という実感を育てる
代理体験身近な人の成功を見て、「自分にもできるかもしれない」とイメージできるようになる
言語的説得周囲からの励ましや肯定的な言葉が、自分の可能性を信じる支えになる
情動的体験不安や緊張をうまくコントロールできた経験が、「自分は対処できる」という感覚につながる

自己効力感が高まると、
行動量が自然に増えて、
困難な状況でも粘り強く取り組めるようになります。

その結果として現実の成果も出る。
つまり、「行動を生み出す原動力」とも言えます。


看護師として働いていた頃も、
迷いながら、悩みながら、
それでも一人ひとりの患者さんと向き合い続けてきました。

「継続は力」とか「経験値が上がる」は、
まさにこの自己効力感のように感じます。

自己肯定感は、
元気なときには自然と感じられるものかもしれません。

けれど、
心が弱っているときには、
まず”自己効力感”から回復していく。

「できた!」
「乗り越えた!」
「今日も何とか一日を終えられた!」

やがて小さな積み重ねが、
「それでも私は大丈夫かもしれない」
という感覚を連れてきてくれる。

その先に、
そっと自己肯定感が戻ってくる。

今の私は、
そんな順番で回復しているように感じています。

これまでの、
そういった時間の積み重ねは、
自信というより、
「私は、何とかやっていける」という
根拠のない確信を育ててくれていたのだと思います。


何もしていないようで、ちゃんと積み上がっている日々

今は、仕事から離れて、
ゆっくりと暮らしを整える時間を過ごしています。

家事をして、
掃除をして、
夕方のサスペンスや刑事ドラマを観て、
ときどき、文章を書く。

外から見れば、
「一体、1日何をしているの?」
そう思われるかもしれません。

けれど、
・今日は掃除ができた
・今日は少し文章が書けた
・今日はちゃんと休めた

そんな小さな「できた」が、
確実に私の中に積み重なっています。

気が付けば、

・先月よりも気分が落ち込まなかった
・少しずつちゃんと眠れるようになった
・今週は、予定通り行動できた
・これからの良いイメージがもてた

ふと振り返った時に感じるこれこそが、
自己肯定感を実感する瞬間です。

そして同時に、その振り返りによって
自己効力感も感じている
ことに気が付きます。


以前の私は、
先のことを考えすぎて、
不安を増幅させていました。

この先どうなるのか。
ちゃんと働けるのか。
元に戻れるのか。

考えても答えの出ないことを、
何度も何度も頭の中で繰り返していました。
まさに不安を自分で作っていました。

けれど今は、
今できることだけを見るように意識できるようになりました。
今を見て、今を整える。


なんとかなる気がする、という小さな変化

不思議なことに、
最近、「なんとかなる気がする」と思える瞬間が増えてきたと思います。

理由はうまく説明できませんし、
特別な出来事があったわけでもありません。

けれど、ぼんやりと心の奥に、
安心感のようなものが戻ってきているように感じています。

ざわざわしなくなって、
ソワソワしなくなった。

もしかしたら、
自己肯定感ではなく、
積み重ねてきた自己効力感が
そっと出てきてくれたからかもしれません。

このことが、
なぜ自己肯定感がしっくりくるのかという疑問を、
少しだけクリアにしてくれているように思います。


おわりに

自己肯定感がなければ、
自己効力感も生まれない。

将来を考えて不安になったら、
過去の成功体験や嬉しい言葉を思い出す。

前向きに考えられない時は、
もしかしたらそんな考え方の方が、
力みなく楽でいられるかもしれません。

過去のことを考えていると、
なぜか自己効力感を高めたくなります。

そんな気づきこそ、
すでに自己効力を引き出してくれているのだと思います。

そうすれば、自然と、
次のことを実践したくなる。

「自分のことが好き」という言葉に、
違和感を感じる私ですが、
自分を許す=自己肯定感のように捉えれば
少なからず、ちゃんと自己肯定感も存在していると感じられます。

自己肯定感
自己効力感

どちらの感覚も、人によって
量や大きさが違うかもしれない。
それは案外気まぐれに、
ひょこっと出てくるものかもしれない。

そう思えば、意識せずとも
日々の小さな積み重ねと、今の頑張りが
どちらの感覚も高めてくれそうです。


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