言葉に傷ついた自分の心の奥

ことば
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言葉の余韻が残るとき

何気ない一言が、なぜか頭から離れない。
時間が経っても、あの言葉だけが心に残る。

「忘れたい」と思うほど、何度も思い出してしまう。

強い言葉や、大きな声を聞くと、心がキュッと縮こまるような感覚になる。

「怒られたわけじゃないのに、どうしてこんなに苦しくなるんだろう?」
と、自分を責めてしまうこともある。

身近な人の言葉に、どうしてこんなにも心が反応してしまうんだろう。
頭の中でぐるぐると巡り、何をしていても忘れられない。

そんなとき、自分の心の奥では何が起きているのか。
最近、その理由が少し見えてきた気がします。


否定の言葉が響く理由

過去に何度も「否定される」体験を重ねていると、新しい言葉も、
昔の痛みを呼び覚ますことがあります。

「もう大丈夫」と思っていたのに、
心や体は驚くほどちゃんと覚えていたりします。

だから、「気にしすぎ」ではなく、
“それだけ真剣に受け止めて生きてきた”という証なんですよね。

昔から身近な人の中に、
強く主張するタイプの人が多くて、
「気合いが足りない」「我慢しなさい」
「繊細すぎる」「考えすぎ」「気にしすぎ」

――そんな言葉をよく聞いてきました。

少し落ち着いてから、ふと気がついたのです。

この痛みは、今、目の前で起こったその人とのやりとりだけじゃなく、もっと昔からある感覚かもしれない、と。

幼い頃から感じていた人間関係の中で、
「認められない」「頑張っても足りない」という思い。

その古い記憶と、ついさっきの出来事が重なっていたのかもしれません。

そう思うと、少しだけ心がほどけました。
目の前につきつけられた言葉が、すべてではないかもしれない。

私の中に長い間あった“自分を疑う癖”が反応していただけなのかもしれません。


言葉を通して見えた、自分の中の傷

目の前で投げかけられる言葉は、時に鋭く響きます。

たとえば、
「体調が管理できないのはあなたのせい」
「やってもお金にならないことをして」
といったような言葉です。

でも実は、こうした言葉だけが問題なのではありません。

心の奥では、幼い頃に抱いた「認められたい」「頑張っても十分じゃないかもしれないという不安が、同時に反応していることがあります。

その瞬間、目の前の言葉と過去の感覚が重なり合い、強く心を揺さぶられるのです。

「また否定された」
「頑張っても認めてもらえない」

――そんな幼い頃の感覚が、ふっと蘇ったように感じられることもあります。

たぶん、私はそのたびに「私は弱いのかな」「私が悪いのかな」と思い込んできたのかもしれない。

本当は、弱くなかったんじゃないかと思えました。

感じ方や受け取り方が少し繊細だっただけ

感じ方や受け取り方が、相手とは少し違うだけ

それは“欠点”ではなく、“個性”なんだと思います。


書くことで、心がほどけていく

不思議なことに、涙が出たあと、少し楽になることがあります。そして、書くことは、
心の中の言葉を“外に出す”こともできます。

否定されたままの思いを、「そう感じてもよかった」と自分で受け止めてあげるのも大切だと思います。

現代は情報量がとても多い時代。弥生時代や江戸時代の人々が、生涯かけて得た情報量を、私たちは1日で超えてしまうこともあるそうです。

思ったままを書き出して、静かな癒しの時間を意識的に設けることは、インプットとアウトプットのバランスも整えられて、少し心がほどけるような、整うような感覚を得られます。

大人になればなるほど、自分の思いや状況を簡単に人に話さなくなりました。友人や家族の都合を考えすぎたり、こんなに重い話なんて聞きたくないだろうな、とか。

そうやって、少しずつインアウトのバランスを崩していたように思います。

仕事でも役職がついたり、ハラスメント回避を意識した上辺も上辺の会話をしたり。笑顔でいれば何とかなるんじゃないかと、こっそりマスクの中で笑顔を作ったり。

自分の気持ちにふたをして、気づかないふりを重ねて、気が付けば自分が何者で、何をしていきたいのかも見失っていく感覚。

体が軽くて勢いがあった若い頃を、つい思い浮かべたりもするけれど、若い頃とは違った方法を、焦らずに見つければいいとも思います。

chatGPTにも何度も相談してみると、自分のインナーチャイルドを見つける機会にもなったりします。

私は、この自分の感情を外に書き出すことで、だいぶ変われたと思えています。


おわりに:自分の心の奥の「自分」

すぐに元気にならなくてもいい。何かを頑張って証明しなくてもいい。
ただ、自分の中で“確かに感じていること”を、
少しずつ言葉にしていけばいい
と思えるようになりました。

自分の感じ方を言葉にしていくことで、
少しずつ心の奥にある「自分」を取り戻すような感覚。

書くことは、誰かにわかってもらうためというよりも、まずは自分を理解していくための時間なんだと思います。

今日感じたことを、紙やメモに書いてみる。
たったそれだけでも、心の奥の自分に気づくための一歩になると思っています。

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