はじめに
街を歩いていると、
最近気になっている自転車が、不思議とよく目につくことがあります。
赤ちゃんが生まれると、
今まで気にも留めなかったベビーカーや子ども用品が目に入るようになる人もいます。
最近の私はというと、インテリアばかり見ています。
SNSを開けば、
おすすめには収納や家具、観葉植物が並び、
気づけば「また見てる」と笑ってしまいます。
急に世界が変わったわけではなく、
変わったのは、私の「意識が向く先」です。
脳は、すべての情報を見ているわけではない
私たちは毎日、
膨大な情報に囲まれて生活しています。
目から入る景色、耳から聞こえる音、
人の話し声、匂い、温度……。
もし、そのすべてを同じように処理していたら、
脳はあっという間に疲れ果ててしまいますよね。
そこで脳は、
「今の自分にとって大切そうな情報」を優先して拾うように働いています。
大勢が話すパーティー会場でも、
自分の名前が聞こえると自然と反応してしまう現象は、
「カクテルパーティ効果」と呼ばれています。
➡ブログ内関連記事『右耳と左耳、そして両耳で”聞く”ということ』
このように、
自分に関係のある情報へ自然と注意が向く働きは、
「選択的注意(Selective Attention)」と呼ばれ、
心理学でもよく知られています。
つまり、私たちは世界をそのまま見ているようで、
実は脳が選んだ一部の情報を見ているのです。
脳には「RAS(網様体賦活系)」と呼ばれる働きがあり、膨大な情報の中から
「今の自分に必要そうな情報」を優先して脳へ届ける役割があると考えられています。
そのため、自分が興味を持ち始めたものや、
今の自分にとって大切なものは、不思議と目に入りやすくなるのです。
看護では「見ること」と「見落とさないこと」のバランスが大切
この脳の働きは、
私たちが日常生活を送るうえで欠かせないものです。
けれど、看護の現場では
少し注意しなければならない場面もあります。
例えば、
「肺炎だろう」と思って患者さんを見始めると、
その情報ばかり集めてしまうことがあります。
しかし実際には、
別の病気が隠れているかもしれません。
そのため看護では、
一つの情報に意識を向けながらも、
「他の可能性はないだろうか」と全体を見る姿勢が求められます。
一方で、原因が分かり
治療方針が決まれば話は変わっていきます。
今度は、その病気に対して
集中的に治療やケアを行うことが必要になります。
広く見ることと、深く見ること。
その切り替えは、看護だけでなく日常生活にも通じるものがあるように思います。
フォーカスを切り替えるということ
脳が必要な情報を選び取る働きは、とても効率的です。
でも、その働きゆえに、一つのことばかりに
意識が向いてしまうこともあります。
だからこそ大切なのは、
「何にフォーカスするか」だけではなく、
「フォーカスをどう調整するか」なのかもしれません。

カメラで写真を撮るとき、
ピントを合わせたい被写体にフォーカスを合わせます。
一つの花を鮮明に写したければ背景はぼやけ、
風景全体を写したければ少し引いて全体にピントを合わせます。
どちらが正しいということではなく、
何を見たいのかによって、フォーカスは変わります。
私たちの意識も、それとよく似ています。
目の前の一つの課題に集中する時間もあれば、
一歩引いて全体を眺める時間もある。
その両方を行き来できることが、
物事を柔軟に捉える力につながるように思います。
日常でも仕事でも、
時にはピントを合わせ、
時には少しぼかして全体を見る。
そんなふうに、自分のフォーカスを
意識的に調整できるようになることも、大切なのかもしれません。
SNSは私たちの興味を映す鏡
最近は、SNSもこの脳の働きによく似ています。
インテリアを見れば、次もインテリア。
料理を見れば、料理。
読書が好きなら、本の紹介ばかりが流れてきます。
興味のある情報を効率よく集められる、
とても便利な仕組みです。
SNSのおすすめ機能は、
過去に見たものや「いいね」をもとに興味がありそうな情報を表示します。
その一方で、
似た考えや情報ばかりに触れやすくなることから、
自分の興味や価値観に合う情報だけに囲まれてしまう
「フィルターバブル」という現象も指摘されています。
そのため、自分とは違う考え方や、
新しい価値観に触れる機会は少なくなっていくこともあります。
私たちが見ている世界は、広いようでいて、
実は自分の興味や関心によって少しずつ形づくられています。
だからこそ、
ときどき新しく触れる分野の本を読んだり、
普段は見ない景色に目を向けたりすることも大切なのかもしれません。
以前、「情報リテラシーと自分軸」について書いたことがありますが、
自分軸を持つということは、
ただ情報を選ぶことではなく、
自分のフォーカスがどこに向いているのかを知ることでもあるように思います。
➡ブログ内関連記事『情報を選ぶことは、自分を知ること――情報リテラシーと自分軸』
SNSは便利な道具ですが、
ときにはアルゴリズムが選んだ情報だけでなく、自分の意思で世界を広げてみる。
そんな時間も、大切なのかもしれません。
人によって「見えている世界」が違う理由
同じ景色を見ても、
人によって気になるものは違います。

花を見る人。
建物を見る人。
空を見る人。
人の表情を見る人。
その違いは、
これまで生きてきた経験や仕事、
好きなこと、悩み、価値観などが
少しずつ積み重なってできた、
その人だけの「脳のフィルター」なのだと思います。
心理学では、
これまでの経験や価値観によって
情報の受け取り方が変わることが知られています。
だから同じ景色を見ても、
人それぞれ気になるものが違うのは、ごく自然なことなのですね。
おわりに:見えないものにも意識を向けてみる
私たちは、目に見えるものを見ているようで、
本当に見ているのは「自分が大切だと思っているもの」なのかもしれません。
だからこそ、ときどきは立ち止まって考えてみたくなります。
私は今、何にばかり意識を向けているのだろう。
逆に、見えていないものは何だろう。
数字や結果のような、目に見えるものだけでなく、
人の思いや空気感、小さな変化、言葉にならない違和感。
そんな「見えないもの」にも目を向けられたら、
今まで見えていなかったものに気づけたり、本質に近づけたりするかもしれません。
意識が変わると、見える世界が変わる。
そして、見える世界が変わると、また意識も少しずつ変わっていく。
自分が何に興味を持ち、何に意識が向いているのか。
そんなことを時々意識してみるだけでも、
自分自身を少し違う角度から見られるのかもしれません。
脳は「見るもの」を選んでいる。
でも、「何を見るか」を選ぶのは、自分でもある。
興味のあることに夢中になる時間も大切にしながら、
ときには普段見ない景色や考え方にも目を向けてみる。
そんなふうに少しずつフォーカスを調整しながら、
自分の視野を広げていけたらいいなと思います。
そして、
人はそもそもなぜ興味を持つのでしょう。
経験なのか、価値観なのか、
それとも今置かれている環境なのか。
その理由も、またいつか考えてみたいテーマです。

花言葉は、「調和」「謙虚」「乙女の真心」

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