情報を選ぶことは、自分を知ること――情報リテラシーと自分軸

日常・ライフスタイル
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はじめに

毎日、
スマホやSNS、ニュースや本から、
たくさんの情報が流れ込んできます。

時には励まされ、
時には迷わされる。

私も、SNSに上がってくる言葉に
背中を押されることもあれば、
同じくらい自分の信念を揺さぶられる言葉に出会うこともあります。

こうした情報過多の中で、
ふと「本来の自分って何だろう」と立ち止まる瞬間があります。

余計な一言を控えたり、
流行りの考えに合わせたりする自分もいるけれど、
それが必ずしも「正しい」わけではありません。

正しさよりも、
選択することの自由や、責任、幸せがあります。

多くの情報があふれる時代だからこそ、
自分の感覚を大切にしながら、情報との向き合い方を考えてみたいと思います。


情報との心地よい距離感

情報が手軽に拾えるという時代。
その中からヒントをもらえる素晴らしさ。
けれど、多すぎて惑わされることもあります。

そんな情報とうまく付き合うことが、
これからもっと大切になっていく気がします。

私自身も、
情報に触れているうちに、
本当は何が好きだったのか、
何を大切にしたかったのか分からなくなることがあります。

そんな経験をしたことがある人も、
少なくないのではないでしょうか。

流れて来るSNSの動画をぼんやり眺めていたら、
いつの間にか1時間経っている。

だけど、ずっと1時間も何を見ていたのかなと
ふと我に返るときもあります。

気軽に、気楽に見れることは良い事かもしれません。
そして、その瞬間その瞬間が心地よければ、
それがその時の最大限の選択なのだと思います。

私は、楽しい動画や癒される動物の動画など、
ストレスが緩和された感覚がちゃんと得られる時もあれば、
なんだか気づけばダークな情報が流れてたりして、
ストレスが増したような感覚に陥り、
不思議な罪悪感にさいなまれることもあります。

ただ、この感覚はすごく大切なのだと思います。
心地よいと感じるもの。
違和感を覚えるもの。
その反応は、人それぞれ違います。

だからこそ、自分がどんな情報に安心し、
どんな情報に疲れるのかを知ることは、
自分自身を知ることにもつながります。

情報を選ぶという行為は、
実は「私は何を大切にしたいのか」を選ぶことなのかもしれません。

興味があるものと無いもの、
ちゃんと選択できる機能がついているSNSもあるので、
観たくないものは避けることもできます。
そして、必要なときだけ、観にいくこともできます。

こんな気分の時は、こういうジャンルの動画を観る。
こんな状況の時は、30分だけ観る。
など、ついつい観てしまうときは、
時間やジャンルを自分で設定してみる。

今は国会図書館に行かなくても、
多くのことを調べられます。

その便利さを活かしながら、
紙の本を読むように情報を取捨選択する豊かさも大切にしたいですね。

情報を手軽に得られる時代だからこそ、
受け身になっていると感じたら、一度デジタルから離れてみる。デジタルデトックス。
デジタルもアナログも選択できるって素晴らしいですよね。

自分なりの距離感を保ちながら情報と付き合う。
複雑な人間関係と同じように、目線や距離感が大切だと思うのです。

北欧では、幼少期から情報リテラシー教育が行われているそうです。
そのくらい、現代には必要な情報との付き合い方なのです。

情報リテラシーとは

情報リテラシーとは、
膨大な情報の中から自分に必要なものを探し出し、
その正しさを見極め、効果的に活用する能力のこと。

情報社会を賢く生きるための必須スキルで、
情報リテラシーが低いと、
詐欺に騙される、
デマを信じて拡散してしまう、
無自覚に誰かを傷つけるといったトラブルに巻き込まれるリスクが高まります。

【情報リテラシーの4大要素】

  • 情報を集める力
    検索エンジンやSNS、書籍などから、目的に合った情報を正確に探すスキル。
  • 情報を見極める力
    その情報が事実か、嘘(フェイクニュース)か、発信元が信頼できるかを判断するスキル。
  • 情報を加工・表現する力
    得た情報を整理し、レポートやプレゼン資料、データとして分かりやすくまとめるスキル。
  • 情報を発信する力
    他人の著作権を侵害せず、個人情報の漏洩や誹謗中傷に気をつけながら正しく発信するスキル。


情報や言葉の威力

日記にその時の気持ちを書き留めたり、
小さな決断で「自分にとって心地よい選択」を意識したりすることで、
自分らしさが少しずつ見えてくるように思います。

年齢や社会の影響も、
私たちの心に影響を与えます。

けれど、それに完全に従う必要もないと思っています。
立ち止まり、自分の感覚を確かめながら、
少しずつ自分の軸を作っていく。
それで十分なのだと思います。

「情報に流されない」
この「流されない」という言葉を使う日本語の面白さや凄みを感じます。
受動し続けない、溺れないという意味も感じ取れませんか?

流されないとは、頑固になることとは違います。
様々な意見に触れながらも、
一度立ち止まり、
自分はどう感じるのかを考えること。

その繰り返しが、
自分なりの価値観や倫理観を育てていくのだと思います。

普段使っている言葉や耳にする言葉は、
思っている以上に様々な意味や色があって面白いですよね。

自分にとって、
良い言葉とそうではない言葉、
タイミングや場面によって変化したり、気分まで変わります。


情報格差はどうなるの?

ここまでは、情報が多すぎることによる悩みについて書いてきました。
しかし現実には、その反対の問題もあります。

それが「情報格差」です。
情報が多いといわれる中でも、
情報の取り方によっては効率が悪かったり、
そして、そもそも情報があまり入ってこないという人もいます。

PCやスマホ、
これを持たない人もいれば、
持っていても使いこなせないという人もいます。

自ら望んで情報との距離をとりたい人もいます。
一方で、情報が欲しくても必要な情報を受け取れない人もいます。

多くの人は自然と、年齢を重ねるとともに
新しいものへの関心や興味も薄れますし、
最新機器を覚えて、バリバリ使いこなす人は一握りだと思います。

もちろん個人差はありますが、
病院や訪問看護で出会った方々の中には、
必要な情報にたどり着くことが難しい方も少なくありませんでした。

看護師として働いていた頃、
スマホの使い方やおすすめの機種を尋ねられることもありました。
区役所へ出向かなければ得られない情報は、
足腰が不自由な方にとって簡単なことではありません。
また、新聞だけでは生活に寄り添う
細かな情報まで届かないこともあります。

なんでもネット上でしかできなくなったり、
現金が使えなくなったり。

情報過多でいる人がいる一方で、
情報が足りなくて困っている人もいる。

この10年でも変化を感じているので、
そんな困りごとは、他人事でもないです。

コロナ禍では特に感じましたが、
ネットで根拠のない情報が出回ったことで混乱が広がりました。

その頃のニュースで聞いた、
「正しい情報で、正しく怖がる」
という言葉がとても印象に残っています。

スッと冷静になれましたし、
看護師として働いていたので、
すごく大事な発信をしてくれたと
どこか肩の荷が下りたような感覚でした。

必要な情報にたどり着くことが
難しいと感じるときもあります。
そんなときは、一度にすべてを理解しようとしなくても大丈夫です。

情報との付き合い方には、
人それぞれのペースがあります。
私自身も意識していることを、いくつか挙げてみます。

情報が苦手な人ができること

  • 信頼できる相談相手を持つ
  • 自治体や公的機関の情報を確認する習慣をつける
  • SNSだけで判断しない
  • 分からないことを恥ずかしいと思わない
  • 一度に大量の情報を集めようとしない

おわりに

例えば、SNSで「こうするのが正しい」と言われた行動をとってみても、
心の中に違和感を感じることがあります。

その違和感に気づくことも、
自分の軸を知る大切な手がかりです。

また、
情報が不足すると不安になる。
不安が強くなると、人は誰かに答えを求めたくなる。
時にはその気持ちが怒りとして表れることもある。

自分の心に寄り添いながら暮らす。
五感を味わったり、
体の反応をしっかり感じ取ってみる。

情報が多い時代だからこそ、
正解を探し続けるだけでは疲れてしまいます。

大切なのは、情報を遮断することでも、
すべてを信じることでもないと思うのです。

自分に必要な情報を選び、
自分の感覚を確かめながら受け取ること。

その積み重ねが、
自分らしい生き方や、
自分なりの軸につながっていくのではないでしょうか。

情報を選ぶことは、自分を知ること。

答えのない時代だからこそ、
自分の感覚を確かめながら、
自分なりの軸を育てていきたいと思います。

『りんごの花』
花言葉は、「選択」「優先」「好み」「選ばれた恋」

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