見えない努力の行方

日常・ライフスタイル
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はじめに

仕事のことで悩んだとき、
人間関係について考えることが多くありました。

そんなことを考えずに、
仕事に集中できていた環境に出会えたこともあります。
とても恵まれていたなと思いますし、
その頃一緒に働いていた人に、
また会いたいと思うこともしばしばあります。

その背景には、
たくさんの人に支えられていたり、
組織のしくみが整っていた状況だったからだと思います。

そんなことを考えていると、
特に仕事や集団の中では、
「見えない努力」を自然に引き受けてしまう人がいるようにも思います。

偏ることなく、
互いに支え合う場面もあります。
そして、その瞬間瞬間が積み重なって、
しくみとなって築かれていくことが理想ですし、
実際そういった会社や集団もあると思います。

では実際、
仕事でいきいきと働いている人はどのくらいいるのでしょうか?
今回は、この働くという大きなテーマから
少し埋もれてしまいがちな「見えない努力」について掘り下げていきます。


仕事の満足度

会社員の仕事の満足度や人間関係

労働政策研究・研修機構(JILPT)が2024年度に実施した調査では、
現在の仕事にやりがいを感じている人(「とてもそう思う」「どちらかと言えばそう思う」の合計)は55.6%でした。

一方、リクルートマネジメントソリューションズが2024年に公表した調査では、
「職場の人間関係に満足している」「やや満足している」と回答した人は44.3%でした。

この数字を見ると、
「仕事そのものにはやりがいを感じているけれど、人間関係には悩みを抱えている」という人も少なくないのかもしれません。

働く中で大切なのは、
仕事内容だけではなく、
一緒に働く人との関わりや、
自分が安心して過ごせる環境なのだと感じます。

「仕事が好き」と「職場が好き」は、同じようでいて違うものですよね。

フリーランスの仕事のやりがいや満足度

一方、
フリーランスを対象とした2025年の調査では、
仕事のやりがいに満足している人は61%、働き方全体に満足している人は53%でした。

ただし、収入に満足している人は26%にとどまっています。

人間関係や組織のしがらみから離れることで
満足度が高まる人がいる一方で、
収入の不安定さという別の課題もあるようです。


こうした数字を見ると、
仕事にやりがいを感じている人は決して少なくありません。

けれど、人間関係への満足度はそれより低くなっています。

私はこの差の中に、
「見えない努力」が関係している場面もあるのではないかと感じています。


価値観の違いと付き合う力

仕事をして生きていく上で、
人によって何が最優先事項かはそれぞれ違うと思います。

集団や個人、
職場環境のことや、報酬、
ライフステージなど。

組織にはさまざまな価値観を持つ人がいます。

同じ出来事を見ても、
先に動こうとする人もいれば、
必要になってから動く人もいます。

大切に思うポイントもタイミングも違います。

その違いをなくすことはできません。

だからこそ、
自分と違う考え方があることを前提にしながら、
自分の役割との距離感を見つけていくことも、
組織の中で働く力の一つなのかもしれません。


引き受け役の影武者力とは

私はこうした、目立たないけれど場を支える力を、
勝手に「影武者力」と呼んでいます。

影武者が表舞台には立たなくても重要な役割を担うように、
この力もまた、人知れず場を支えているように思うのです。
私はそれを、強くてかっこいい、大切な力だと思っています。

誰かが困らないように動いたり、
流れを整えたりする力です。

たとえば、
あとで困らないように先回りして動いたり、
空気が悪くならないように調整したり、
誰かの抜けを埋めたり。

目立つ仕事ではないけれど、
実際にはそういう細かな積み重ねで、
場が回っていることは多いです。

ただ、不思議なことに、その努力は“見えにくい”のです。

問題が起きないように動いているからこそ、
周囲からは「特に何もしていない」ように見えることさえあります。

私は長い間、
「気づいた人がやればいい」
と思っていました。

誰かが困るくらいなら、自分がやったほうが早い。
その方が空気も悪くならないという経験をしている人は多いのではないでしょうか。

そうやって動いているうちに、
いつのまにか“気づく役”が自分の定位置になってしまうこともあります。

でも、それには少し構造的な偏りがあるとも感じます。

世の中には、
「放っておくと後で大変になる」
ことが自然と見えてしまう人がいる。

一方で、
困ってから動く人もいる。

どちらが正しいとか、
どちらが悪いという話ではなく、
単純に見えている景色が違うのだと思います。

行動が先の人もいれば、考えてから動く人もいます。

そして、
人はいつも同じ側にいるわけではない、ということです。

仕事では支える側の人でも、
家庭では支えられている側かもしれない。

逆に、家事や育児などの“名もなき作業”を引き受けている人が、
外では誰かに支えられていることもあります。

最近は「見えない家事」という言葉もよく聞くけれど、
たしかに、そういう積み重ねが理解されない苦しさはあると思います。

けれど一方で、
外で働き、お金を稼ぎ続ける大変さも存在しています。

だから本当は、
誰かだけが一方的に楽をしている、というより、
それぞれが別の場所で、別の見えない負担を抱えていることも多いと思います。

ただ、“先に気づく人”は、
そのまま放置すると疲弊しやすいようにも感じます。

なぜなら、先回りして動くことは、
成果として見えにくいからです。

むしろ、
「そこまでやらなくてもよかったのでは?」
とさえ見えることもあります。

そして、やっている本人も、
自分の努力をうまく言語化できないまま、
次第に疲弊していると、
「自分が勝手に抱え込んでいるだけなのかもしれない」
と思い始めてしまいます。

私自身、そう感じたことが何度もありました。

自分の信念だったはずなのに、
いつしかその考えに縛られ、
自分で自分を追い込んでしまっていたこともあります。

前を向く余裕もなく、
ただ毎日をこなすだけで精一杯になっていました。

でも今は、
“見えない努力”というものは、
確かにお互いに存在するのだと思っています。

それは特別立派なことではなく、
その人の気質や責任感、
そして「人を困らせたくない」という感覚から自然に生まれているものかもしれません。

ただ、その優しさだけで動き続けると、
人は少しずつ消耗してしまいます。

だから最近は、
頑張りすぎないことよりも、
「自分を雑に扱わせないこと」
の方が少し腑に落ちる感じがします。

頑張ることそのものは、
決して悪いことではないからです。


おわりに

気づいたことを、すべて引き受けなくてもいい。
そして、全部を背負わなくていい。

見えない努力は、
まず自分自身が分かっていてあげればいいのだと思います。

むしろ私は、
“先に気づく力”には価値があると思っています。

以前は、その力を
「気にしすぎ」「考えすぎ」と受け取られ、
自分の方がおかしいのかもしれないと思っていた時期もありました。

けれど今は、そうは思っていません。

違和感に気づくこと。
あとで困りそうなことに気づくこと。
誰かが言葉にできない困りごとを察知すること。

気づく力は、
アイデアの種を見つける力でもあり、
危険を回避したり、
より良い流れを作ったりする力でもあります。

ただ、その力を持っている人ほど、
目に入ったものをすべて引き受けようとしてしまうことがあります。

気づいたことと、
引き受けることは、
本当は別のことだからです。

最近は、
「これは本当に自分がやりたいことだろうか」
「これは自分にとって心地よい行動だろうか」
と、自分に問いかけるようになりました。

義務感だけで動いているときは、
少し立ち止まる。

気になっても、あえて放ってみる大切さを感じています。

見えない努力は、
誰かのためだけにあるものではないのだと思います。

気づく力も、整える力も、
本来は自分自身を大切にするためにも使えるもの。

だから、
気づいたことをすべて背負わなくていい。

見えない努力の行方を決めるのは、
周囲ではなく、自分自身なのかもしれません。

カスミソウ
花言葉は、『感謝』『幸福』『無邪気』
主役を引き立てるような花でもあります。
そんな“影武者力”のある美しい花です。

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