はじめに
日本は、
世界の中でも「自殺率が高い国」と言われることがあります。
ニュースや統計でも、その数字を目にする機会は少なくありません。
最近は、3月11日が近づくこともあり、
震災のことを思い出す報道をよく目にします。
そうした時間の中で、
「死」について考えることがありました。
そうすると、
関わっていた人の死を思い出すことがあります。
軽々しく語れるテーマではありませんが、
時々立ち止まって考えることも大切なのかもしれません。
この記事では、日本の死因や人口の変化、そして世界との比較から
「自殺率」という数字を少し落ち着いて見つめてみたいと思います。
日本の主な死因
まず、日本ではどのような原因で人が亡くなっているのでしょうか。
厚生労働省の人口動態統計によると、日本の主な死因は次の通りです。
1位 がん
2位 心疾患
3位 老衰
4位 脳血管疾患
5位 肺炎
6位 不慮の事故
7位 自殺
自殺は、確かに上位に入っています。
しかし割合として見ると
全体の死亡のうち 約2%前後 とされています。
つまり日本では、多くの人が
・がん
・心臓の病気
・脳血管疾患
といった病気によって亡くなっています。
一方で、自殺は医療や社会の問題として長く議論されてきたテーマでもあります。
日本の人口の変化
日本社会を考えるとき、人口の変化も重要な背景になります。
日本の人口は長い間増え続けてきましたが、
2008年頃をピークに減少へと転じました。
1950年 約8300万人
1990年 約1億2300万人
2008年 約1億2800万人(ピーク)
2024年 約1億2400万人
少子高齢化が進み、社会の構造そのものが大きく変わりつつあります。
こうした社会の変化は、人々の働き方や生活にも影響を与えてきました。

日本の自殺者数の推移
日本では1990年代の終わりに、自殺者数が大きく増えた時期があります。
1998年 約3万2000人
2003年 約3万4000人(ピーク)
2015年 約2万4000人
2023年 約2万1800人
1998年以降、長い間 年間3万人以上 の状態が続きました。
これは決して小さな数字ではありません。
背景には
・景気の悪化
・失業
・社会不安
などが影響していたと言われています。
現在はピーク時より減少していますが、それでも毎年2万人以上の人が自ら命を絶っている状況です。
世界と比べた日本の自殺率
自殺率を国際比較するときには、
「人口10万人あたりの自殺率」という指標が使われます。
主な国の自殺率はおおよそ次のようになっています。
韓国 約25
ロシア 約21
アメリカ 約16
日本 約15
フランス 約13
オーストラリア 約12
ドイツ 約12
中国 約6
中東諸国 約3〜6
この数字を見ると、日本は世界の中で極端に高い国というわけではありません。
世界平均とほぼ同じ水準で、
先進国の中ではやや高めという位置にあります。
年代によって違う自殺のリスク
もう一つ知っておきたいのは、
自殺のリスクは 年齢によって大きく違う ということです。
日本では、若い世代では自殺が主要な死因の一つになっています。
特に、
10代
20代
30代
では、事故や病気よりも 自殺が上位の死因 になることがあります。
若い世代では、まだ大きな病気で亡くなる人が少ないため、
精神的な苦しさや社会的な問題が数字に表れやすいと言われています。
自殺は特別な人の問題ではない
自殺について語られるとき、
「心が弱い人」
「特別な事情がある人」
そんなイメージで語られることがあります。
けれど実際には、そう単純ではありません。
仕事
人間関係
健康
成育環境
経済的な問題
さまざまな要因が重なり、
誰でも追い込まれてしまう可能性があります。
医療の現場で感じること
医療の仕事をしていると、
人の人生のさまざまな場面に出会います。
病気や老いだけでなく、
仕事、家庭、経済的な問題など、
それぞれの事情を抱えながら生きている人がいます。
そして時には、
関わっていた人が自ら命を絶つことも珍しいことではありません。
それは必ずしも、
「誰かが気づかなかったから」
「誰も助けなかったから」
という単純な話ではないのです。
その人には、その人の苦しさがあり、
その背景はとても複雑です。

関わっている人の中に、
「この人はもう変わろうとは思っていないのかもしれない」と
感じる瞬間があります。
もちろん、それは私の思い込みなのかもしれません。
けれど、
どこか遠くを見ているような表情や、
力が抜けたような空気や眼の奥の何かを感じることがあります。
「もう十分生きた」と思っているのか、
「もう終わりにしたい」と思っているのか、
本当のところは分かりません。
けれど医療の現場にいると、
人の最期が近いときの雰囲気というものを
医療的なデータとは別のところで感じることがあります。
そして不思議なことに、
自殺してしまった人や突然死してしまった人についても、
同じように「会うのはこれが最後かもしれない」と思う瞬間があります。
それは、私が感じ取るというより、
その人が出しているサインや空気なのかもしれないと思うことがあります。
相談の現実
よく
「つらいときは誰かに相談しましょう」
と耳にするかと思います。
それは確かに大切なことかもしれません。
けれど、実際には
相談すること自体がとても難しい人もいると思います。
迷惑をかけたくない
うまく言葉にできない
弱いと思われたくない
話しても解決するか分からない
SOSの出し方が分からない
そうした気持ちが重なると、
誰にも言えないまま時間が過ぎてしまうこともあります。
数字の向こうにあるもの
統計を見ると、日本の自殺率は
世界の中で特別に高いわけではありません。
けれど、それでも毎年多くの人が亡くなっています。
その数字の一つひとつの中には、
それぞれの人生の時間があります。
誰かの家族であり、
誰かの友人であり、
誰かの大切な人だったかもしれません。
忘れられない死がある
自殺については、
原因も、解決策も、簡単に言い切れるものではありません。
社会の問題
働き方
経済
孤立
病気や障害
思わぬ事故
さまざまな要素が絡み合っています。
だからこそ、
こうすれば必ず防げるとか、変えられるとか
そういうものではないのです。

私自身、看護師という立場で力になれなかったのではないかと思う場面を
何度も経験してきました。
けれど、それもエゴな考え方なのかと思うこともあります。
その人と関わった意味があったように感じられるからかもしれません。
ただ、その人の死は事実で、
ふと思い出しては考えさせられる
忘れられない出来事です。
その人は、何を思ってたのか。
何かを変えたかったのか。
笑顔の奥で何を感じていたのか。
医療の現場にいると、
多くの人の死を目の当たりにします。
それでも、
忘れられない死というものがあります。
その出来事は、
今でも時々、私に問いを残します。
おわりに
数字を見ていると、
社会の大きな流れが見えてきます。
けれど同時に、その数字の向こうには
一人ひとりの人生があり、
数字だけでは表せないことがたくさん存在する。
人の生き方は本当にさまざまだと感じます。
そして、
人の感情は、とても複雑です。
残酷なこともあれば、
とても情深いこともある。
「強い」とか「弱い」とか、
「良い」とか「悪い」とか。
「正しい」とか「間違っている」とか、
そう簡単に分けられるものではありません。
自殺という出来事もまた、
そうした人間の複雑さの中にあるものなのだと思います。
その人がどんな思いで生きていたのか、
何に苦しんでいたのか、
外からは分からないことも多いものです。
それでも時々、
ふとその人のことを思い出して考える。
そこに何かが見つかるような気がしています。
私は時々、
ある人のことを思い出すことがあります。
亡くなったとき、
その瞬間に強い感情があったわけではありませんでした。
警察と淡々と話をして、
仕事として必要なことを進めて、
一緒に担当していたスタッフとも普通に言葉を交わしていました。
むしろ、周りの人のほうがショックを受けているように見えて、
そのことに驚いた記憶があります。
けれど時間が経つと、
ふとしたときにいろいろなことを思い出します。
最後に会ったときの表情。
名前を呼ばれたこと。
その人のこれまでの人生。
一緒に関わっていたスタッフや先生のこと。
あのとき「これで最後かもしれない」と
どこかで感じていたことも思い出します。
自殺という出来事は、
外から見て分かるほど単純なものではありません。
統計の数字を見ても、
そこにある一人ひとりの人生までは見えません。
だからこそ時々、
数字の向こう側にあるものを
静かに考える時間があってもいいのかもしれません。


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