言葉に「性別」があるのはなぜ?――海外旅行で感じた、言葉とジェンダーの不思議

ことば
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はじめに

海外旅行をしたり、映画やドラマを観ていると、
日本ではあまり意識しないような「言葉の違い」に出会うことがあります。

私がスペインやタイを旅行したときにも、そんな場面がありました。

外国語には、男性と女性で使う言葉が違ったり、
文法の中に「男性」「女性」という区別があったりする。

旅行中は、「そういうものなんだ」と、自然に受け入れていました。

でも、ふと考えてみると、不思議です。

なぜ言葉に「性別」があるのでしょう。

そして、近年
「ジェンダーレス」という考え方が広がる中で、
こうした言葉はどうなっているのでしょうか。

今回は、そんな素朴な疑問から、
言葉と性別について少し考えてみたいと思います。


「男性名詞」「女性名詞」ってどういうこと?

外国語を学んだことがある人なら、
「男性名詞」「女性名詞」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。

代表的なのが、スペイン語やフランス語などです。

たとえばスペイン語では、

  • amigo(男友達)
  • amiga(女友達)

のように、語尾が変わることで
男性・女性を区別する言葉があります。

名詞だけではありません。

その人について説明する形容詞なども、
男性形・女性形に合わせて変化することがあります。

日本語では、「友達がいる」と言えば、
相手が男性なのか女性なのかを文法上は示しません。

ところが、スペイン語では、
言葉の形そのものに性別が表れることがあります。

日本語を母語とする私たちからすると、
「言葉に性別があるって、どういうこと?」と、ちょっと不思議に感じますよね。


でも「文法上の性」と「人間の性別」は同じではない

ここで少しややこしいのが、
「男性名詞」「女性名詞」と言っても、
必ずしもその物や人そのものに男女の性別があるわけではない、ということです。

たとえば、スペイン語やフランス語では、
物にも文法上の「性」があります。

つまり、
「これは男性だから男性名詞」
「これは女性だから女性名詞」
という単純な仕組みではありません。

あくまで、言葉の文法上の分類として
「男性」「女性」が存在しているのです。

日本語にはこうした文法上の性がほとんどないため、
私たちには少し奇妙に感じられます。

では、
なぜそもそも「物」にまで性別がついたのでしょう。

実は、これには「これが理由」という一つの答えがあるわけではありません。

スペイン語などの文法上の性は、もともと使われていた古い言語の仕組みを受け継ぎながら、長い時間をかけて形を変えてきたものです。

たとえばスペイン語は、古代ローマで使われていたラテン語から大きな影響を受けています。
ラテン語には「男性・女性・中性」という文法上の分類があり、それが時代とともに変化しながら、現在のスペイン語へとつながっているそうです。

ただし、「なぜ最初からその物を男性・女性に分類したのか」というところまでたどると、はっきりした答えはありません。

言葉は、誰かが一度に設計して作ったものではなく、
人々が話し、使い続ける中で、少しずつ形を変えてきたもの。

そう考えると、文法の中に残っている「男性」「女性」という分類も、
長い言葉の歴史の一部なのかもしれません。

言葉の歴史をたどっていくと、
「なぜこうなったの?」という疑問に、必ずしも明確な答えがあるとは限らない。

そこもまた、言葉のおもしろいところです。


「じゃあ、性別が当てはまらない人は?」

ここで、ふと気になることがあります。
こういう場合は、どうなるんだろう。

近年は、男性・女性のどちらかだけではなく、
自分の性別をそのどちらにも当てはめない「ノンバイナリー」という考え方も広く知られるようになってきました。

すると、
「男性形と女性形しかない言葉を、どう使えばいいの?」という問題が出てきます。

たとえばスペイン語では、
男性形の語尾に「o」、女性形の語尾に「a」を使う言葉があります。

そこで近年、一部の人たちの間では、
男女どちらにも限定しない表現として「e」を使うことがあるそうです。

たとえば、「amigo / amiga」に対して、
「amigue」という形です。

これは、すべてのスペイン語話者が使っているわけではありません。

現在も議論のある表現ですが、「言葉も社会の変化に合わせて変わっていくのではないか」という考え方から生まれた、新しい言葉の使い方のひとつです。


「女装する人」は、どんな言葉で呼ぶの?

ここで、もうひとつ気になることがあります。
日本ではひと昔前、「ニューハーフ」という言葉が使われることがありました。

現在でも耳にすることがありますが、
海外では必ずしも同じ言葉が使われるわけではありません。

たとえば英語では、
transgender woman(トランスジェンダー女性)や、
drag queen(ドラァグクイーン)などの言葉があります。

ただし、ここには大切な違いがあります。

「女性の服装をしてパフォーマンスをする人」と、
「自分自身を女性だと認識している人」は、必ずしも同じではないということです。

たとえば、男性として生活しながら、
舞台上で女性の姿になってパフォーマンスをする人もいます。

一方で、自分自身を女性として認識し、
女性として生活しているトランスジェンダー女性もいます。
さらに、男性・女性のどちらにも自分を当てはめないノンバイナリーの人もいます。

つまり、服装だけでは、その人の性別を決めることはできません。

これは、言葉を考えるうえでも大切なポイントなのかもしれません。


「彼」「彼女」だけでは足りない?

英語では、
男性を「he」、女性を「she」と表現します。

では、性別を特定せずに表現したい場合は?
近年よく知られるようになったのが、単数の「they」です。

もともと「they」は複数を表す言葉ですが、
英語では現在、性別を限定しない単数の代名詞として使われることがあります。

たとえば、その人の性別が分からなかったり、
性別を特定せずに表現したかったりする場合に、
「They are a nurse.」のように表現できます。

こうして見ると、言葉というのは、
社会の変化に合わせて少しずつ姿を変えていることが分かります。


タイではどうなの?

スペイン語とは少し違い、
タイ語では、話し手の性別によって使う一人称や
文末表現が異なることがあります。

たとえば、丁寧な表現では、
男性が使う言葉と女性が使う言葉に違いがあります。

旅行者としてタイを訪れると、
「男性が使う言葉」
「女性が使う言葉」
という区別に出会うことがあります。

これも日本語にはあまりない特徴です。

ただし、タイでは性別に関する表現やアイデンティティも多様で、
単純に「男性か女性か」の二択だけで説明できるものではありません。

つまり、同じ「男女の言葉の違い」があっても、
言語によってその仕組みはかなり違うのです。


言葉には、「正しさ」だけではない面白さがある

私には言葉について、
もうひとつ印象に残っている出来事があります。

以前、訪問看護で担当していた利用者さんの中に、
長年アメリカで生活していた方がいました。

その方からは、アメリカでの暮らしや文化について、いろいろなお話を聞かせてもらいました。
その中でも、今でも覚えているのが、
英語の「very」という言葉についての話です。

私が「very」を使っていたとき、「女性が使うなら、『so』のほうが響きが美しいから、そちらを使ったほうがいい」と勧められたことがありました。

もちろん、英語の文法として
「女性はveryを使ってはいけない」という決まりがあるわけではありません。

その方が長くアメリカで暮らす中で身につけた言葉の感覚があって、「女性が話すなら、soのほうが美しく聞こえる」と感じていたのでしょう。

今振り返ってみると、これも言葉のおもしろさのひとつだなと思います。

言葉には、
文法的に「正しい」「間違っている」だけではなく、
「こちらのほうが美しく聞こえる」
「この言い方のほうが、その人らしい」
という感覚もあります。

そして、言葉のおもしろさを考えていると、
「音」そのものも不思議だなと思います。

言葉の意味が分からなくても、
その響きが美しいと感じたり、
優しい声だな、心地よい話し方だな、と感じたりすることがあります。

それは、音楽にも少し似ているのかもしれません。

歌詞の意味が分からない外国の歌でも、
なぜか心に残ったり、
聴いているだけで楽しい気持ちになったりする。

言葉には「意味」という壁があるように見えても、
音やリズムには、その壁を越えて伝わるものがあるのかもしれません。

そう考えると、言葉は
「意味を伝えるもの」であると同時に、
「音を楽しむもの」でもあるのだなと思います。

そして、その感覚も、時代や文化、育った環境によって変わっていくのだと感じます。

同じ英語でも、世代が変われば「自然だ」と感じる表現が変わることがあります。

そう考えると、言葉は単なるルールの集まりではなく、
その人が生きてきた時間や、触れてきた文化まで含んでいるのかもしれません。


言葉は、変わり続ける

考えてみれば、言葉は最初から完璧な形で存在していたわけではありません。

その時代に生きる人たちが使い続けることで、
新しい言葉が生まれたり、
古い言葉が使われなくなったり、
同じ言葉の意味が変わったりします。

「ニューハーフ」という言葉も、
かつてはテレビなどでよく使われていました。

でも、現在では本人が望む呼び方を尊重することや、
より具体的な言葉を使い分けることが意識されるようになっています。

「男」「女」という言葉そのものがなくなるわけではありません。

けれど、
「人は必ずどちらかに分けられる」
という考え方だけでは説明できない人たちがいることが、以前よりも広く知られるようになりました。

だからこそ、言葉も少しずつ変化しているのだと思います。


「なんでだろう?」から、新しい言葉が生まれる

言葉が変わるとき、いつも何か大きな出来事があるとは限りません。

「この言い方のほうが分かりやすい」
「こっちのほうが自分にはしっくりくる」
「なんだか、この言葉おもしろい」

そんな小さな気づきや、違和感、遊び心から、
新しい表現が生まれることもあります。

流行語も、最初から「流行語にしよう」と作られるわけではありません。

誰かが使った言葉を、別の誰かが使い、
それが少しずつ広がっていく。

そうやって、いつの間にか私たちの日常に定着している言葉もあります。

今回の「男性名詞」「女性名詞」の話も、
「なぜ言葉に性別があるんだろう?」という素朴な疑問から始まりました。

もしかすると、言葉が変わっていくきっかけも、
こうした小さな「なんでだろう?」なのかもしれません。

そして、その変化を楽しむ気持ちも、
新しい言葉を生み出す力になるのかもしれません。

「この言葉、なんだか好きだな」
「この響き、きれいだな」

そんな小さな感覚も、言葉を動かしていくのかもしれません。


おわりに

外国語を学ぶと、単語や文法だけではなく、
その国の文化や考え方まで見えてくることがあります。

「男性名詞」「女性名詞」という文法も、そのひとつです。

日本語にはあまりない仕組みだからこそ、
「どうして?」と疑問に思います。

そして今、社会の中でジェンダーに対する考え方が変化するにつれて、
言葉の使われ方も少しずつ変わっています。

言葉は、
単なるコミュニケーションの道具ではありません。
きっと、その時代に生きる人たちの考え方や価値観を映し出すものでもあるのだと思います。

でも同時に、
言葉はもっと自由なものなのかもしれません。

疑問に思ったり、違和感を持ったり、
あるいは「この言い方、なんだかおもしろい」と楽しんだり。

そんな人々の積み重ねの中で、
言葉は少しずつ姿を変えていきます。

そう考えると、

「言葉って、おもしろい。」

そして、

「言葉って、深い。」

そんなふうに思えてきます。


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