はじめに
以前、「人体って、おもしろい③」という記事で、
「卵巣と卵管はつながっていない?卵子が卵管に入るまでの不思議」を、
排卵された卵子がどのように卵管へ取り込まれ、受精に至るのかを見ていきました。
その中で登場したのが、「腹腔内」という言葉です。
卵子は排卵されると、
卵巣からいったん腹腔内へ放出され、
卵管采に取り込まれて卵管へ入っていきます。
ここで、少し気になることがあります。
「腹腔内には、卵子が出てくることがあるんだ」
そう思って調べていくと、
女性の体には、もう一つ「腹腔内」が深く関係する病気があります。
それが子宮内膜症です。
子宮内膜症は、
子宮の内側にある「子宮内膜」に似た組織が、
子宮以外の場所にできる病気です。
では、なぜ子宮の内側にあるはずの組織が、
子宮の外にできるのでしょうか?
今回は、子宮内膜の本来の働きから、
子宮内膜症で体の中に何が起こるのかを見ていきます。
子宮内膜症は、どのくらいの人がなるの?
子宮内膜症は、決して珍しい病気ではありません。
生殖年齢にある女性の約10%、
つまり10人に1人程度にみられるとされています。
月経のある年代に発症しやすく、
月経痛や骨盤内の痛みなど、
日常生活に影響する症状が現れることがあります。
月経痛が強い、
鎮痛薬を飲んでも痛みが十分に治まらない、
月経のたびに仕事や日常生活に支障が出る。
こうした症状の背景に、
子宮内膜症が隠れていることもあります。
ただし、痛みの強さだけで、子宮内膜症の有無や進行の程度がわかるわけではありません。
自覚症状が少ない場合もあれば、
強い痛みがあっても画像検査では病変がはっきりしない場合もあります。
身近な病気でありながら、その現れ方は人によって異なるのです。

そもそも「子宮内膜」って何?
まず、子宮内膜について簡単に確認しておきましょう。
子宮の内側は、
「子宮内膜」という組織で覆われています。
その子宮内膜は、
月経周期に合わせて厚みや状態が変化します。
これは、受精卵が子宮に到達したときに、着床できる環境を整えるためです。
子宮内膜は、よく「受精卵が育つための、ふかふかのベッド」に例えられます。
ホルモンの働きによって、
子宮内膜は厚みを増し、着床に適した状態へと変化していきます。
妊娠が成立しなかった場合には、
子宮内膜の機能層が剝がれ落ち、
血液などとともに体外へ排出されます。
これが月経です。
そして、次の周期に向けて、
また新しい内膜がつくられていきます。
こうして子宮内膜は、妊娠に備えて毎月準備を繰り返しているのです。
子宮内膜症では、子宮以外に「似た組織」ができる
では、子宮内膜症では何が起こっているのでしょうか。
子宮内膜症では、
子宮の内側にある子宮内膜に似た組織が、
子宮以外の場所に存在します。
できる場所はさまざまですが、
卵巣や腹膜、子宮と直腸の間など、
骨盤内に見られることが多くあります。
「子宮内膜が、そのまま子宮の外へ移動してしまったの?」
そう思うかもしれません。
しかし、
子宮内膜症がどのように発生するのかについては、
現在も完全には解明されていません。
有力な説の一つに、月経血が卵管を通って腹腔内へ逆流する「月経血逆流説」があります。
月経血には、子宮内膜に由来する細胞などが含まれています。
これらが腹腔内へ流れ込み、付着して増殖することで、病変ができると考えられています。
ただし、月経血の逆流そのものは珍しい現象ではありません。
それだけですべての人が子宮内膜症になるわけではないのです。
免疫反応や女性ホルモン、腹膜の細胞の変化など、
複数の要因が関係していると考えられています。
つまり、子宮内膜症は、
単に組織が子宮の外へ移動するだけでは説明できない、複雑な仕組みを持つ病気なのです。

なぜ、子宮の外にあるのに月経周期と関係するの?
子宮内膜症の病変は、子宮の外にあります。
それでも、女性ホルモンの影響を受けて、
月経周期に合わせて変化することがあります。
病変によっては、月経周期に合わせて出血することもあります。
また、その周囲では炎症が起こり、
痛みを引き起こす物質などが関係して、痛みが強くなることがあります。
月経痛には、子宮を収縮させる物質も関係しています。
子宮内膜症では、こうした炎症や神経の働きなど、
複数の要因が痛みに関わると考えられています。
ただし、
すべての病変が毎月出血するわけではなく、
痛みの出方にも個人差があります。
また、炎症が繰り返されることで、
周囲の組織同士がくっつく「癒着」が生じることもあります。
本来なら、それぞれ別々に動くはずの臓器や組織がくっつくと、
位置や動きが制限されることがあります。
私自身も、子宮内膜症が広範囲に広がり、腹腔内に癒着がありました。
子宮と卵巣の手術を受けた際には、
癒着のために術野の確保がとても大変だったそうです。
手術後も腹部の緊満感が気になることがあり、
現在も腹部膨満感に変化を感じることがあります。
私の場合は卵巣の組織が一部残っているため、
ホルモンの影響も関係しているのかもしれません。
癒着すると、体の中では何が起こるの?
癒着とは、
炎症などによって、
本来は離れている組織同士がくっついた状態です。
子宮内膜症では、
病変ができた場所や癒着の程度によって、
さまざまな影響が現れることがあります。
では具体的にはどのような状態かをみていきます。
| 場所・状態 | 体への影響 | 知っておきたいこと |
|---|---|---|
| ① 卵巣や卵管の周囲の癒着 | 卵巣や卵管の位置・動きが制限され、卵子を取り込む働きなどに影響することがある | 妊娠しにくさにつながる場合があるが、必ず妊娠できなくなるわけではない |
| ② 卵巣チョコレート嚢胞 | 卵巣内で出血が繰り返され、血液がたまった嚢胞ができる。卵巣機能に影響することもある | 破裂や、まれながらがん化にも注意が必要。治療方針は嚢胞の状態などに応じて検討する |
| ③ 腸や膀胱の周囲の病変・癒着 | 排便時や排尿時の痛み、月経時に強くなる排便痛などにつながることがある | 病変の場所や深さによって症状は異なり、癒着があれば必ず痛みが出るわけではない |
このように、
子宮内膜症は卵巣や卵管の働き、
妊娠のしやすさ、排便や排尿などにも影響することがあります。
ただし、症状の現れ方には個人差があります。
また、子宮内膜症の痛みは
癒着だけで説明できるものではなく、
炎症や神経の関与など、複数の要因が考えられています。
卵巣にできると「チョコレート嚢胞」に
ここで、卵巣にできる子宮内膜症について、
もう少し詳しく見ていきましょう。
卵巣にできた子宮内膜症の病変から出血が繰り返されると、
血液が卵巣内にたまり、嚢胞(のうほう)を形成することがあります。
これを卵巣チョコレート嚢胞といいます。
時間が経った血液が
チョコレートのような色や状態になることから、
この名前で呼ばれています。
名前だけ聞くと少し不思議な印象ですが、注意しておきたい点もあります。
チョコレート嚢胞には、どんなリスクがあるの?
1つは、卵巣機能への影響です。
嚢胞ができることで、
周囲の正常な卵巣組織にも影響が及ぶことがあります。
卵巣予備能が低下し、
妊娠しにくさにつながる場合もあります。
2つ目は、破裂などの合併症です。
嚢胞が破裂すると、
突然の強い腹痛が起こることがあります。
状況によっては緊急の治療が必要になります。
3つ目は、まれながらがん化する可能性があることです。
チョコレート嚢胞の多くは良性ですが、
一部では卵巣がんが発生することがあります。
日本の研究では、チョコレート嚢胞のがん化頻度は約0.7%と推定されています。
ただし、これはすべての人に同じ確率で当てはまる数字ではありません。
年齢や嚢胞の大きさなどによってリスクは異なります。
そのため、嚢胞が見つかった場合には、
症状や画像検査の所見などを踏まえ、定期的な経過観察や治療を検討します。
チョコレート嚢胞が見つかったからといって、
必ず手術が必要になるわけではありません。
手術には病変を取り除くメリットがある一方、
正常な卵巣組織にも影響が及び、卵巣機能が低下する可能性があります。
症状や年齢、嚢胞の状態、妊娠の希望などを考慮し、
それぞれのメリットとデメリットを踏まえて方針が決められます。
このチョコレート嚢胞には、私自身も悩まされました。
さまざまな症状に苦しむなかで、
さらに卵巣のがん化のリスクを抱え続けることへの不安もありました。
内服治療が合わなかったこともあり、
こうした不安が手術を決断する理由の一つになりました。
子宮内膜症は、どこにできる?
ここまで見てきたように、
子宮内膜症は卵巣だけにできるわけではありません。
腹膜、卵管、子宮と直腸の間など、
骨盤内のさまざまな場所に発生することがあります。
また、腸や膀胱などに病変が及ぶこともあります。
さらにまれではありますが、
骨盤から離れた場所に子宮内膜症が見つかることもあります。
その一つが、胸腔内に関連する子宮内膜症です。
子宮や卵巣から離れた胸の中にも病変が見つかることがあるのです。
「生理のたびに気胸」が起こることがある?
子宮内膜症について調べていると、
呼吸器に関係する病気が出てくることがあります。
それが月経随伴性気胸(げっけいずいはんせいききょう)です。
これは、月経の時期に合わせて気胸を繰り返す病気です。
気胸とは、肺から空気が漏れるなどして、
肺と胸壁の間に空気がたまり、肺が縮んでしまう状態です。
月経随伴性気胸は右側に起こることが多く、
横隔膜や胸膜などに生じた病変が関係している場合があります。
呼吸器科に勤めていた頃に、
実際に目の当たりにして初めて、
これは他人事ではないとも感じました。
ただ、月経随伴性気胸のすべてが
子宮内膜症によるものと決まっているわけではなく、
発症の仕組みについても完全には解明されていません。
「子宮の中の話だったはずなのに、なぜ肺に?」
そう思ってしまいますよね。
子宮内膜症について調べていくと、
普段は別々のものとして考えている臓器が、
ホルモンや炎症などを通してつながっていることが見えてきます。
子宮内膜症は、病変のある場所だけの問題ではない
子宮内膜症では、病変そのものだけでなく、
周囲に起こる炎症や組織の変化も、症状に関係しています。
炎症や線維化によって癒着が生じると、
臓器の位置や動きが制限されることがあります。
その結果、慢性的な骨盤痛や性交痛、排便時の痛みなどにつながる場合があります。
一方で、癒着が目立たなくても強い痛みが出る場合があります。
子宮内膜症の症状は、
病変の場所や広がりだけでなく、
炎症や神経の関与など、複数の要因によって変わるためです。
このように、
子宮内膜症は病変がある場所だけの問題ではなく、
周囲の臓器や組織にも影響を及ぼすことがある病気なのです。
おわりに
私たちは普段、
「子宮」「卵巣」「肺」「腸」などを、
それぞれ別々の臓器として考えがちです。
でも、体の中では臓器同士が影響し合い、
ホルモンや血流、神経、免疫など、さまざまな仕組みが関わっています。
子宮内膜症について調べていくと、
子宮の外にできた病変が、周囲の組織や離れた場所にある臓器にも関係することがわかります。
そして、子宮内膜症がどのように発生するのか、
なぜ人によって症状や進行の程度が異なるのかなど、
まだ完全には解明されていないこともあります。
「なぜこんなところに?」と思うところを一つずつ調べていくと、
今まで当たり前だと思っていた体の仕組みが、少し違って見えてくるかもしれません。
参考資料


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